第42話  クライマックス!

 調停は、1ヶ月に1回、行われる。僕と沙耶が同じ部屋になることは無い。調停員の皆さんが、こちらの言い分と沙耶の言い訳を交互に聞いて、第3者として冷静に結論を導き出すのだ。だが、1回目の調停では、何の進展も無かった。帰り際、僕は調停員に、これまでのことを僕が書いてまとめた冊子を渡した。なかなかボリュームのある冊子だった。



 その冊子に効果があったのか? 調停員は明らかに僕に優しくなった。僕はこの時までは、“今ならお金は請求しないから、早く離婚してほしい”と沙耶に伝えてもらっていた。なのに! 沙耶は離婚届けにサインもハンコもくれなかった。何を考えているのか? 僕は調停員に、メモを渡した。沙耶に請求するべきものを書き出し、最後にその合計金額を書いたものだった。


 書いたのは、沙耶の借金の立て替え分、車の差額、ブライダルプランナーのキャンセル料などで、僕が会社を辞めることになった慰謝料や謎の食費は(武士の情けで)書き出していなかった。それでも、そこそこの金額になっていた。


「離婚してくれなかったら、この金額に、会社を辞めることになった慰謝料や謎の食費の返済も乗せて請求すると伝えてください。今なら、請求しません」


 それでも、沙耶は離婚届けにサインもハンコもくれなかった。いったい何を考えているのだろう? 謎だ。沙耶は、僕が理解出来る限界を超えた存在だった。調停は3回まで。それで結論が出なければ、家庭裁判所で離婚裁判だ。3回目に賭けるしかない! 裁判所で離婚裁判なんか嫌だ! 恥ずかしい!



 父が様子を見に来てくれた。同じ岡山在住ということで、父が女友達(ネットで知り合ったらしい)を呼んでくれた。父は、その女性(千尋)に、


「儂が大阪だから、息子の様子を見に来れない。だから、時々、様子を見に来てやってくれないか?」


と、頼んでくれた。



 その次の土曜、千尋から連絡があった。


「今からお見舞いに行くけど、何か買って来てほしいものはある?」

「あ、じゃあ、レトルトの食品をお願いします。あんまり家から出たくないので。社宅の皆さんにあまり会いたくないし」


「はい、買って来たよ-!」

「ありがとうございます」


 僕は千尋からレシートを渡された。


「4千円ちょっとだから、5千円でいい」


 僕は5千円を渡した。お見舞いの品のお金を請求されたのは初めてだった。まあ、いいけど。そして、千尋はおもむろに服を脱ぎ始めた。


「なんで脱いでるんですか?」

「だって、崔君、寂しいでしょ? 慰めてあげるから、布団においでよ」


 千尋は50歳だったが、確かに僕は寂しかった。僕は千尋を抱き締めた。



 千尋は背が高く(165くらい)、ビジュアルに恵まれていた。50歳だが40歳くらいに見える。若い。顔は、まあまあ美人と言えるだろう。少々骨太だったが、スタイルも悪くなかった。だが、千尋は満足したようだったが、僕と千尋は身体の相性が良くなかった、たまにいるのだ、身体の相性が悪い人。


 千尋とは3回、そういうことがあった。だが、相性が悪いので僕は不満だった。だから、とても失礼なことを言った。


「千尋さんは素敵だけど、なかなか会えないし、誰かもう1人紹介してくれない? 千尋さんだけじゃなくて、もう1人くらい遊び相手が欲しいなぁ」


 なんと、千尋はリクエストに応えてくれた。他の女性を紹介してくれたのだ。名前は好子。小柄で、少しだけポッチャリしている。ビジュアルでは、明らかに千尋には敵わない。だが、身体の相性は良かった。僕は千尋と好子に遊んでもらえるようになった。


 これには助かった。調停期間中、僕は憂鬱で仕方なかった。いい気晴らしになった。ちなみに好子も50歳。好子の場合は年相応に見えた。スタイルも良くない。顔も良くない。ただ、胸だけは見事なものだった。それでも、相性の悪い千尋よりも良かった。フランスのことわざだ。“靴は履いてみないとわからない”、抱き合わなければわからないこともあるのだ。



 そして、3回目の調停。これでダメなら裁判所だ。裁判なんて、カッコ悪い。今回で決めたい。僕は、調停員に聞いた。


「僕、沙耶の件で会社にいられなくなって転職するんですけど、この慰謝料の相場を教えてもらえませんか?」

「何年お勤めですか?」

「3年です」

「お給料は?」

「月に○○万円です。あと、賞与が年間で4ヶ月分くらい」

「それでしたら……」


 調停員が電卓を弾いた。


「少なくとも、このくらいは請求出来ると思います」

「わかりました。では、毎月20万~35万を渡していた謎の食費は? 外食1回あたり2人で6000円から7000円だったんですけど。明らかに差額があり過ぎるんですよ」

「具体的には?」

「まず、最初に15万、これ、食費のみですよ。半月で“足りない”と請求されて5万渡しました。これで、結局、月に20万でした。翌月、最初に20万渡したら、“足りない”と言われてまた5万を渡しました。この時は合計で25万円です。翌月に25万を渡したら、また半月で“足りない”と言われてまた5万取られました。これは30万ですね。その後、試しに30万渡してみたら、それでも半月で“足りない”と言われました。で、追加5万円。この時は35万ですよね。それからは、15万にして、“足りない”と言われても渡しませんでした。“食べれなかったら、食べなかったら良いんだ”と言って。でも、2人の食費で月に15万でも充分多いと思うんですけどね。多分、沙耶は食費を借金の返済に回していたか? 男に貢いでいたか? どっちかだと思うんですけどね」

「うーん、これは難しいですね。ですが、確かに外食費と比べても計算が合いませんね。これに関しては、このくらいの返金ではどうでしょうか?」

「あ、これが相場ですか? では、その金額を書きます」


 僕は、改めて、立て替えた借金、車の差額、ブライダルプランナーのキャンセル料、食費の返金、退職に追い込まれたことに対する慰謝料などを書き込み、最後に合計金額を書き込んだ。結構な金額だった。


「もし、裁判になったら、この金額を請求すると沙耶に伝えてください。今なら請求しません」



 さあ、どうする? 沙耶!







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