第41話  離婚への道!

 沙耶は包丁を振り回した。振り回しながら、沙耶が“アチョー!”と言ったのをおぼえている。本当に“アチョー!”と言う人を初めて見た。なんてことを考えている場合じゃない。僕は昔、柔道を習っていたのだ。包丁を避けながら、お互いに怪我をすることなく沙耶を取り押さえた。護身術を習っていて良かった。でも、こんなことのために護身術を習ったわけではない。泣きたくなった。


 それから、全ての刃物を没収して寝た。だが、なんだか息苦しい。僕は薄目を開けて見た。沙耶が、ネクタイで僕の首をしめていた。そこで思った。“これを放っておいたら、どうなるのだろう?”僕は寝たフリをして放っておいた。


 だが、人間の身体はうまくできている。気道を確保するために咳が出そうになるのだ。だが、ここで咳をしたくない。このまま首をしめられていたい。どうなるのか? 僕は最後を見届けたい。だが、ダメだった。僕は上半身を起こして咳き込んだ。咳がおさまって前を見たら、沙耶と目が合った。


「ダメ、私には出来ない!」


 沙耶は僕に抱き付こうとした。僕は拒んだ。“いやいや、出来てたし”。


 ということで、朝まで待っていられなくてタクシーを呼んだ。沙耶を実家に送ったのだ。



 だが、ムシャクシャして眠れない。やがて朝になった。そこで、僕は朝一番に沙耶の車をディーラーに持って行き、売り飛ばした。売値と買値で差額が出た分は損をしたが、思っていたよりも高く買い取ってもらえた。帰ると、ようやく睡魔が襲ってきた。僕は睡魔に身を任せて眠った。



 激しい玄関チャイム、“ピンポーン”という音がうるさくて目が覚めた。ドアを開けると、沙耶が立っていた。


「何しに来たんや? どうやってここまで来た? 麻紀さんの車か?」

「お兄ちゃん(義兄)の車で来たのよ! 崔君、私の車はどこ?」

「私の車ってなんやねん? あれは僕の車やで。名義も僕やし」

「とにかく、車はどこ?」

「あんな車、気分が悪いから朝一番にディーラーに売ったわ」

「私の車なのに!」

「僕の車や! お兄ちゃんは沙耶の味方なんか? 今日は2人で車だけ取りに来たんかいな?」

「そうよ、車を取りに来たのに」

「お兄ちゃんを呼んで来い! 沙耶の味方をするなら、お兄ちゃんは僕の敵や。敵の味方は敵やからな。お兄ちゃんと話をさせろや」

「もういい!」


 僕は沙耶にビンタされた。それが最後だった。沙耶との最後はビンタだった。“こんなものなのか?”改めて、虚しさを感じた。



 まだ、重要なことが残っている。離婚届けの提出だ。離婚届けにはサインとハンコが必要だ。僕は沙耶に電話した。


「何?」

「離婚届けにサインとハンコをもらわないとアカンねん。今からそっちへ行くで」

「絶対に離婚なんかしないからね!」


 電話は切られた。とりあえず、僕は沙耶の実家に行った。玄関チャイムを鳴らしても、誰も出て来ない。沙耶に電話しても出ない。僕は麻紀に電話した。


「はい」

「麻紀さん? 沙耶が家から出て来ないんですよ。離婚届けにサインとハンコが必要なのに」

「もう、私は関わらないから。離婚のことは2人で進めてちょうだい。これから、私は手出しも口出しもしないから」

「いやいや、立て籠もっても、そちらが損をしますよ。今なら、沙耶にお金を請求するのは辞めようかなぁと思っています。でも、立て籠もるなら、お金を請求します。今、離婚しておいた方がそちらは得ですよ」

「とにかく、私は無関係。沙耶と話してちょうだい」

「沙耶が電話に出ないから、麻紀さんに電話してるんです。沙耶に、家から出るように言ってやってください」

「ごめん、私は関わりたくないから」


 電話は切られた。僕は1度、社宅に帰った。



 夜になって、麻紀から電話があった。


「はい、崔です」

「麻紀だけど」

「沙耶は離婚に応じてくれましたか?」

「それなんだけど、沙耶の借金のことは私のせいでもあるの」

「はあ? 意味がわからないんですけど」

「私がお金のことで親戚と揉めた時、沙耶がお金を貸してくれたことがあるの。だから、沙耶のことを許してあげてくれないかなぁ?」

「他は?」

「え?」

「1つの借金の理由はわかりました。でも、沙耶の借金、幾つあったと思ってるんですか? 1社や2社じゃないんですよ。沙耶に何に使ったかを聞いても、おぼえてない、わからないって言うんですよ。他の借金の説明もしてもらいたいですね。それに、借金の理由はどうでもいいんです。何故、借金があることを隠して結婚したのか? そこが問題なんです。厳しいことを言いますけど、これって詐欺ですからね。それから、4回の浮気の件はどうなんですか? どんな理由があっても許せませんよ。これ、裁判で慰謝料を僕がもらえるんですけど」

「あんたは、正論を振りかざして言いたいことを言うのね?」

「正論? 常識と良識と言ってほしいですが、そっちが間違ってるから、正論に勝てないんでしょ? 負け惜しみを言ってないで、早くサインとハンコをくださいよ!」


 麻紀は慌てて電話を切った。大型連休の前日に始まったクライマックス、大型連休が終わるまで、僕はサインとハンコをもらえるのを待った。だが、サインもハンコももらえなかった。僕は大型連休が終わった翌日に行動を起こした。離婚調停の手続きをしたのだ。


 “そっちがその気なら、やってやる!”


 僕は怒りに震えていた。







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