第40話  沙耶の狂気!

「崔君、何してるの?」

「酒を飲んでる。今、まだワイン2本目」

「崔君、お酒は飲めないんでしょ?」


 僕は笑いが止まらなくなった。


「崔君、なんで笑ってるの?」

「これが笑わずにいられるか、お前、また浮気してきたやろ?」

「何を言ってるのよ」

「僕に触るな! 汚らわしいんじゃ!」

「崔君、お酒を飲むのをやめてよ」

「ええやんか、明日から大型連休や、ここで倒れても安心や」

「もう、やめて! わかった、謝るから。謝るからやめて、ごめん」

「だから、僕に近付くなって言うてるねん。汚らわしいから……う!」


 僕はトイレに入って吐いた。吐き終わるまで吐いた。胃が痙攣している。もう、吐く物も無いだろう。トイレに座り込んだまま、僕は2本目のワインをあおった。胃液しか出ないのに、飲むと吐いた。吐いては飲み、飲んでは吐いた。2本目のワインが空になった。僕は台所へ行き、3本目を取りだした。沙耶の姿が見えなくなったが、どうでもいい。僕はトイレで飲み続けた。



 吐いていると、耳元で声が聞こえた。


「大丈夫か?」


 麻紀だった。沙耶が呼んだようだ。


「どうしたの? 何があったの?」


 僕は麻紀にメモを渡した。


「沙耶の字でしょ?」

「沙耶、あんた、これはどういうこと?」

「麻紀さん、簡単なことです。沙耶は浮気したんですよ」

「沙耶! どういうこと?」

「もう、隠すのもアホらしいですね。沙耶の浮気は、僕が知ってるだけでも、これで4回目なんですよ」

「沙耶! あんたはなんてことしたの!」

「事故の時も、浮気しに出かけて事故ったんです。僕が沙耶に車を買ってあげたくなかったのも、理解してもらえるでしょう?」

「あんた、浮気に出かけて事故ったのか?」

「食費、15万渡しても20万渡しても30万渡しても半月で“足りない”って金をせびるし、沙耶は最低ですよ。金のことより、浮気の方が大問題だと思いますけど」

「崔君、4人は誰? 私、知ってる男の子かもしれない」

「けんちゃん、しんちゃん、こうちゃん、あと1人は知りません」

「けんちゃんって、あんたが高校生の時に付き合ってた子じゃないの?」

「うん、そう」

「とっくに別れたって言ってたじゃない」

「時々だけど、会ってた」

「しんちゃんも知ってる、本命の彼女がいる子よね?」

「うん、そう」

「なんで付き合ってるの? “都合の良い女になるのは嫌だから別れた”って言ってたんじゃないの?」

「うん……別れてなかった」

「こうちゃんは知らない。こうちゃんって誰?」

「昔の彼氏」

「あんた、結局、誰とも縁を切れていなかったの?」

「うん……」

「麻紀さん、こういうことなんです。僕は、バツ2になりたくなかったし、こんな短期間で離婚したら社宅の笑いものになるから、我慢して一緒に暮らしてただけなんですよ。夜の営みも、ずっと無いんです。だって、沙耶は汚らわしいから。だから、沙耶に触りたくないんですよ」

「聞いてる方が怖くなってきた。崔君、私、崔君のお父さんに電話するから……あ、崔君のお父さんですか? 沙耶の母の麻紀です。すみません! 沙耶と崔君を離婚させます! 全部ウチの娘が悪いんです。すみませんでした!」

「沙耶、帰ろう。あんたがいたら、崔君の心は安まらないと思う」

「麻紀さん、さすがにもう離婚しますけど、離婚にあたっての条件とか話したいんで、明日の朝まで沙耶と話します。明日の朝、タクシーで帰らせますから」

「じゃあ、私は帰るから」

「はいはい、お気をつけて!」


「沙耶、離婚の条件やけど、今までに僕が立て替えた借金は返してもらう。沙耶の車は売る。沙耶の車を売った時、買値と売値で差額が出るから、その差額も払ってもらう。ほんで、こんな結末じゃあ、恥ずかしくて会社にはいられない。社宅にも住めない。僕は転職する。僕を転職に追い込んだ慰謝料も払ってもらう。ほんまやったら、今までの多すぎる食費も返してほしいけど、それはもうええわ。どうや? 文句があるか?」

「文句は無いけど、待ってほしい」

「なんで待つねん? 何を待つねん?」

「私が働いてお金を貯めるまで待って」

「いつになるねん? 待ってられへんわ。ふざけるな」

「だって、私、お金は無いもん」

「無かったら借りろや! 麻紀さんでも、お姉ちゃんの旦那様でも、妹でもええやんけ! 結局、今まで働かなかった女を待ってられると思ってるんか? ふざけるな! 自分の今までの態度を思い出せ!」

「車もほしいの。車は買ってよ」

「アカン、残ったローンを払うか? ローンの名義をお前にするならええよ」

「だから、今、私はお金が無いから!」

「お金が無いのは、働かなかったからやろ? そんな都合の良い話されても困るねん。そんなこともわからんのか? 最後まで甘えやがって。僕は許さないぞ!」

「……」

「あ、ブライダルプランナーの方もキャンセル料をとられるで。それも計算に入れろよ」

「私、幾ら払ったらいいのよ!」

「計算しろや」


 僕は沙耶に電卓を渡した。


「多分、電卓がはじき出した数字の請求額になるやろな。お前は黙ってお金を用意したらええねん」

「……」


 僕はダイニングの椅子に座った。流石に飲み過ぎた。勢いで飲んでいたが、飲めない体質だから、かなりしんどい。俯いて、荒い呼吸をしていた。沙耶はキッチンから何かを持って来た。包丁セットで1番大きな包丁だった。


「お前、まさか、“離婚するくらいなら死んでやる-!”とか言うつもりか?」

「離婚するくらいなら、殺してやるー!」



 え? 僕は借金を払わされて、浮気されて、殺されるの? それって、酷くない?







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