第39話  笑うしかない!

 僕は、沙耶の借金を返済するのもやめてみた。僕が払っていると、沙耶がいつまで経っても働かないからだ。


 ちなみに、沙耶の車は新車を買った。ローンにした。何故、新車を買ったのかと言うと、売るときのことを考えたからだ。僕は、沙耶との生活は長くないと思っていたのだ。勿論、今度は車両保険にも入った。買ったのは、麻紀に度々頼まれたからだ。その代わり、沙耶に働くように言ってもらう約束だった。


 沙耶は新車を買ってもらえて上機嫌だったが、“借金の返済をしない”と言ったら焦りだした。


「車を買ってやったんやから、借金は自分で払えや。僕は知らん」

「そんなこと言わずに、払ってよ。立て替えてくれたら、働いて返すから」

「嫌や、働くって言ってないで、実際に働け! 自分の借金の返済と車のローン代は自分で稼げや。何度も言うけど、僕は知らん」

「借金の利子も増えるでしょ?」

「だから? それがどうかした? 沙耶の借金が増えても、僕に影響は無いで。保証人でもないし。とにかく、働け。お前はズルイ。そして卑怯や。なんやかんや言うて、結局は働かずに専業主婦を続けてる。お前は僕をなめてるねん。最後は自分の思い通りになると思い込んでる。そういうところも気に入らん」

「働くから!」

「ほな、求人情報誌でも見てみろや。ここで“働く”ってなんぼ言うても借金は膨らむし、車のローンも払われへんぞ」

「働く! 信じて!」

「信じるには、行動が必要なんや。お前、気付いてるか? 僕、お前と結婚してからも、ずっと美容院に行ってるんやで。お前、結婚前に言うたよな? “崔君の髪、カットとカラーは任せておいて”って。なのに、僕は髪のカットとカラーで1万円を払い続けてる。お前がいかに怠け者か? これでわかるやろ?」

「ごめん! これからカットとカラーはするから」

「要らん、美容院に行く。今頃カットされても不愉快や。結婚して何ヶ月経つねん」

「ごめん! 本当にごめん!」

「謝らなくてええから、早よ、求人情報誌を取ってこい! フリーペーパーもあるやろ?」

「わかった、行く!」


「求人情報誌、持って来た」

「持って来ただけやったらアカンやろ? 仕事探して応募して働け、美容院でもええやん」

「でも、私が働いたら、崔君、私が浮気するんじゃないかって不安でしょ?」

「専業主婦をしながら浮気を繰り返した奴が何を言うとんねん?」

「……」

「お前は働かなくても浮気するんやから、働いても心配はせえへんわ」

「……」

「何してるねん、早く求人誌に目を通せや、持って来るだけやったら仕事は決まらへんぞ」



 或る日、僕達は夏物の服を買いに、某洋服店(有名チェーン)に行った。安価良品。全国に店舗展開している店だ。僕と一緒に店に入ると、突然、沙耶が目を輝かせた。カゴを持って、奥へ走ろうとする。


「おいおい、どこ行くねん?」

「ここは私のセンスに任せておいて!」

「ほな、カードを渡しとくわ。レシートは持って来いよ」


 僕は、外で沙耶が出て来るのを待った。結構、長い時間待たされた。やっと出て来た沙耶は上機嫌だった。レシートを見て驚いた。軽く10万円を超えていた。


「お前、ジャケットとか買ったんか?」

「ううん、長袖と半袖のTシャツ。あと、アロハとか、Tシャツの上に着るシャツ」

「ジャケットやコートを買って10万超えてるならわかるけど、なんでTシャツやアロハシャツで10万超えるねん」

「アロハだけじゃないよ、チェックとか、いろんなシャツがある」

「お前とは、服も買いに来られへんなぁ」

「……」

「カードを返せ、もう絶対にお前にカードは渡さない」



 挙式の予定日は近付いてくる。憂鬱なイベントだ。だが、それでもいい。僕は1円ももらわないが、1円も出さないからだ。沙耶には、麻紀と話して全部決めろと言っていた。


 それでも、僕は麻紀に呼ばれた。


「崔君の衣装を決めないとダメじゃない」


「これで、どうですか?」

「いいじゃん」

「じゃあ、これにします」

「いろいろ着てみなくてもいいの?」

「はい、あんまり時間をかけたくないんで」

「崔君は、まだ挙式に反対なのね」

「まだというか、ますます嫌になりました。車は買わされるし、借金は払わされるし、沙耶は美容師なのに、僕の髪のカットもしてくれないんですよ」

「沙耶、あんたは何を考えてるの? 崔君の髪くらい整えなさい」

「あ、もういいです。美容院に行ってますので。カットとカラーで1万円くらいかかりますけど。沙耶が整えてくれたら、毎月1万円は浮いたんですけどね。もういいです。今更カットされても不愉快です」

「沙耶、あんたは本当に何もしないのね!」

「だって……気付かなかったもん」

「沙耶、嘘をつくな。僕は最初にカットしてくれって言った。でも、お前は“また今度”と言ってしてくれなかった。だから待ちきれなくて美容院へ行ったんや」

「あんた、それは本当か?」

「本当だけど」

「馬鹿! そんなことばっかりやってたら、そりゃあ、崔君も怒るわ」

「もっと怒ってることがありますが、それは沙耶に聞いてください。僕からは言いません」

「あんた、何をやらかしたの?」

「……」

「黙ってたらわからないでしょ?」

「何もしてない」

「嘘、何もしてなければ、崔君はこんなに変わらない。出会った頃の崔君と今の崔君、まるで別人じゃないの。何か崔君を怒らせることをしたんでしょ?」

「してない……」

「崔君、どうなってるの?」

「沙耶から聞いてください」



 それからしばらく経って、僕は早退して帰った。また、沙耶がいなかった。勘だが、スグに浮気だと思った。僕は何か証拠が無いか? 探した。ゴミ箱に、くしゃくしゃになったメモ書きをみつけた。


“11時、駅前、こうちゃん、はあと”



 僕は、ここまで舐められているのか? もう笑いが止まらない。自嘲してしまう。体調が悪くて早退したのだが、僕は来客用のワインを台所から取りだしてグビグビ飲んだ。スグに1本が空になった。そこへ、沙耶が帰って来た。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る