第38話  浮気で事故った嫁!

 沙耶が交通事故を起こした。車が電柱にぶつかり、沙耶の車は全損。沙耶は車両保険に入っていなかった。僕は11時過ぎに沙耶から電話をもらい、仕事を早退させてもらって現場に駆けつけた。その時には、ちょうどレッカー車が破損した沙耶の車を移動させようとしているところだった。沙耶は立っていた。僕は沙耶に怪我が無くてホッとした。


 だが、気付いた。そこら一帯はのどかな住宅地だ。大きなスーパーがあるわけでも、ショッピングモールがあるわけでもない。ただの田舎だ。何故、沙耶はこんなところに来ていたのか? そこで気付いた。ちゃんと付き合う前に沙耶が言っていた、元彼(店長ではない)の家が近くにあるはずだ。なんと! 沙耶は浮気に出かけて事故ったのだ。


「社宅まで乗せて」

「乗せたくない。ここ、元彼の家の近くやんけ」

「元彼に会いに来たわけじゃない!」

「ほな、こんなところに何をしに来たんや?」

「……」

「ほら、答えられへんやろ? 答えられへんのが答えや!」

「乗せて!」

「嫌や。なんで浮気に行って事故った奴を乗せて帰らなアカンねん」

「乗せてくれないと、帰れない」

「歩いて帰れ」

「歩いて帰れないよ」

「ほな、ヒッチハイクしろ」

「無理なこと言わないでよ」

「ほな、タクシーで帰れ。タクシー代は、僕は出さないけど」

「意地悪しないでよ」

「浮気は、意地悪よりも罪やと思うけどな」

「浮気なんかしてない」

「浮気する前の事故やったんやろ? 浮気やろ? 浮気やな?」

「……浮気しようとしてた」

「更に認めるのが早くなったな」

「だって、どうせ言ってしまうから」

「……乗れ」



 僕と沙耶は社宅に帰った。スグに沙耶が携帯を僕に手渡そうとした。


「崔君、はい」

「何?」

「浮気相手と縁を切らせるんでしょ?」

「もうええわ、お前には興味が無くなってるねん。全く興味が無い。僕の感情は更に悪化したんや。沙耶は僕の嫁じゃない。僕と沙耶は他人や」



「崔君、お願いがあるんだけど」

「何? 多分、お願いなんか拒否するで」

「車、買ってほしい」

「なんで、浮気に出かけて事故った車を、僕が買い換えなアカンねん、ふざけんな」

「でも、ここら辺、車が無いと買い物も行けないし」

「ほな、買い物に行かなかったらええだけの話やんけ」

「食材を買うことも出来ないよ」

「知らん。自分で働いて買え。もしくは麻紀さんに買ってもらえ」

「……ママに電話してみる」

「自分で働いて買おうとは思わんのか?」

「もしもし、ママ? ちょっとお願いがあるんだけど、私、事故ったの。怪我は無いけど、車が壊れてしまって、車を買ってほしいんだけど……ダメなの、崔君は怒ってるから」

「崔君」

「なんや?」

「ママが崔君に代わってくれって」

「……崔です」

「沙耶に車を買ってあげてよ、中古の安いので構わないから。この辺は車がないと生活できないでしょ?」

「普通の事故なら、僕は何も言わずに車を買っています。でも、沙耶は麻紀さんに隠し事をしています。僕がどうして怒っているのか? それは沙耶に聞いてください。今回、僕は沙耶に車を買ってあげたくないんです。詳しいことは沙耶に聞いてください。僕が怒ってる理由を聞いたら、麻紀さんも“車を買ってあげろ”とは言えなくなりますよ、きっと」

「沙耶、代われ。麻紀さんに隠してることを言ってみたら?」

「お母さん、車を買って! 私、崔君を怒らせてしまったから、崔君には頼めない……うん、うん、うん、そうだね、わかった、じゃあね」

「なんで麻紀さんに浮気のことを言わんかったんや? 僕が麻紀さんに話そうか?」

「それはやめて! お願いだから」

「ほんで、麻紀さんは何て言ってた?」

「私は嫁に出た身だから、夫婦で解決しろって」

「ほな、沙耶がバイトを始めて車を買ったらええねん。ローンで買ったらええだけの話やんか」

「働く! 働くから、買って! ちゃんとお金は返すから」

「知らん。僕は寝る。起こすなよ。車なんか要らんやんか、毎日外食で、食材を買うことも無いんやから。車が無い方が浮気できなくてええんとちゃうか?」


 僕は寝た。



 しばらく、僕は沙耶を放っておいた。夕食は僕が弁当を買って帰った。


「これなら、食材を買いに行かなくてもええやろ?」


 沙耶は何か言いたそうで、何も言えない。僕は沙耶との会話も無くなってたし、飯を食って、風呂に入って、少しテレビを見たり音楽を聴いて眠る。そんな日々が続いた。沙耶は恨めしそうに僕を見るが、僕は気にしなかった。離婚しても良さそうな時期まで、僕は沙耶を無視して暮らすのだ。そう思っていたから。


 ところが、或る日、沙耶が土下座をした。


「お願いです。車を買ってください」

「買わない。僕、トイレに行くから退いてくれ」

「お願い! お願い!」

「買わんって言うてるやろ? しつこい奴やなぁ」



 すると、麻紀が来た。沙耶が呼んだようだ。


「崔君、意地悪しないで沙耶に車を買ってあげて」

「沙耶がバイトしながらローンで買ったらすむ話じゃないですか? 沙耶は“働く”と言いながら、仕事を探すこともしない。ずっと、専業主婦でグータラしてます。麻紀さん、沙耶を働かせてください。沙耶が働き始めたら、僕は車を買ってもいいですよ。これ以上の譲歩は出来ません」

「私からもお願いするわ、買ってあげて」

「沙耶は重要なことを麻紀さんに隠してるんですよ。それを知ったら、麻紀さんもそんなことを僕に言えなくなりますよ」

「何があったの?」

「沙耶に聞いてください」

「沙耶、あんたは何をしたの?」



 沙耶は、俯いたまま、黙秘を続けた。







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