第35話  これが修羅場!

「沙耶、このメモは何や?」


 なんと、また沙耶はダッシュで外へ逃げようとした。そこを捕まえる。襟を掴んだ。勿論、逃がさない。


「放せやー!」

「放さへんわ! だいたいどこに逃げるねん。逃げる場所なんか無いやろ? 実家か? 実家に逃げても追いかけるで」

「私、知らない、知らんわ」

「ほな、このメモはなんやねん? この前と同じ様なメモやんけ」

「知らん、知らん、放せやー!」

「悪いことをしておいて、なんでそんな態度やねん?」

「私、知らないもん」

「浮気したやろ?」

「してないー!」

「浮気したやろ?」

「してないー!」

「浮気したやろ?」

「したー!」

「認めるの早いな!」

「だから、私は問い詰められるのが苦手だっていってるでしょ?」

「これは大問題やぞ、いよいよ本気で離婚を考えないとアカンな。前にも言ったように、もう考えてたけど」

「それで、どうするの?」

「寝ながら考える」


 僕はふて寝した。勿論、眠れるわけがない。ただ、寝ながら考えるのが僕の癖だというだけのことだ。許せない! 許せない! 許せない! 許せない! 腹が立つ! 腹が立つ! 腹が立つ! 腹が立つ! 離婚したい! 離婚したい! 今スグ離婚したい! 僕は、沙耶の1回目の浮気から、離婚するつもりだった。離婚はするのだが、電撃入籍の後の2~3ヶ月の離婚は恥ずかし過ぎる! 離婚してもいいくらいの時期まで結婚という形を維持したいだけだった。でも、もう一緒に暮らすのも嫌だ。嫌過ぎる。だが、まだ離婚には早い。これでは世間の笑いものだ。そして、バツ2になるのも嫌だった。


 また、全裸の沙耶が僕の布団に入り込もうとする。僕はそれを全力で拒んだ。


「抱いてよ!」

「他の男に抱かれた身体を抱かせるな! 汚らわしいねん!」

「だって、崔君、最初の浮気からずっと抱いてくれないじゃん」

「当たり前やろ、抱けなくしたのはお前自身の責任やないか!」

「抱いてくれないと寂しいよ!」

「うるさい、どっか行け!」


 沙耶が服を着てダイニングか? 別の部屋か? どこかに行った。



「沙耶、話がある」

「何?」

「僕はやっぱり沙耶の浮気は許せない。1回目も許していない。今回も許せない。だから、前にも言ったけど、沙耶とは離婚する。でも、こんな短期間で離婚したら恥ずかしいから、離婚届けを出すのはもう少し辛抱する。本当は、今スグにでも離婚したいけど」

「じゃあ、まだ離婚はしないのね」

「条件がある。これ以上は浮気をするな。それから、当分、外食も禁止。夕食は、お前が作れ。専業主婦なんやから。あと、早く働け」

「わかった、離婚しないでくれるなら言う通りにする」

「それから、ケジメとして、しんちゃんとは別れろ。今スグに別れろ」

「わかった、はい」

「携帯を僕に渡すな! 今度こそ、僕の目の前で自力で別れてみせろ」

「えー! 崔君が電話してよ」

「アカン、沙耶が別れ話をしないとアカンねん。そうじゃないと、今回は許さん。自分の力で別れられないなら、マジで今スグ離婚する」

「わかった、電話する」

「早くしろ」

「……もしもし、しんちゃん? ちょっと話があるんだけど。実は……えーと、なんと言えばいいのか? 難しい話なんだけど……ごめん、ちょっと待って。ごめん、崔君、パス」

「……沙耶の旦那です。沙耶は僕と結婚したんですよ。だから、もう2度と沙耶と会わないでください。もし、今度会ったら、弁護士に頼んで慰謝料を請求しますので。……はい、わかりました。こちらからは以上です。では……」

「崔君、ありがとう」

「結局、自力では別れられへんかったやんか、もう、お前には何も期待しない」



 沙耶は夕食は作るようになった。いつも一品、カレー、シチュー、ハヤシライス、オムライス、丼物だったけれど。沙耶の実家にいた時は、何品も作ってくれたのに。


 沙耶はだらしない。社宅に入居してスグ、目覚ましが鳴った。止めても、アラームスイッチをオフにしないと、また5分後に鳴る機能がついている。2回目が鳴るまで、あと5分だけ寝よう。と思ったら、2回目のアラームがなかなか鳴らない。時計を見たら、遅刻寸前の時間だった。何故だ? 僕は沙耶の布団をめくった。沙耶が目覚まし時計を抱き締めて寝ていた。アラームスイッチはオフにされていた。


 遅刻寸前。僕は冷や汗をかいた。それから、目覚ましは僕の枕元、沙耶の手が届かない所に置くようになった。そして、僕が起きて支度を始めても、いつも沙耶はスヤスヤ眠っていた。朝食を作ってくれるわけでもなく、コーヒーを淹れてくれるわけでもなく、見送ってくれることさえなかった。沙耶の実家にいた時は、コーヒーを淹れてくれて、駐車場まで見送ってくれていたのに。“詐欺だ!”と言いたくなる。そして思う。多分、沙耶の実家にいた時は、麻紀がかなりフォローしてくれていたのだと。でも、麻紀さん、それは詐欺ですよ。



 そして、また新しく沙耶の借金の督促状が届いた。


「沙耶、また督促状が届いたぞ」

「あ、うん。ごめん」

「だから、自分の借金の返済分だけでええから働けよ」

「うん、働く」

「お前、“働く、働く”と良いながら、求人情報誌も読んでないやないか! このまま、なあなあな雰囲気にして、僕に全部払わせるつもりやろ?」

「そんなことはないけど……」

「借金はこれで終わりか?」

「うん、それで終わり、それで最後」

「お前、いつも“これで最後”って言うけど、どんどん新しい督促状が来るやないか、ハッキリ言ってくれ! 怒らないから言ってくれ! お前の借金、総額はなんぼあるねん?」

「そんなの、私に聞かれてもわからない」

「ほな、誰がわかるねん?」



 怖くなった僕は、一括で払わず、分割で払うようになった。







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