第34話  波瀾万丈!

 冷め切った日々が続いた。楽しかったのは入籍してから3週間、社宅に入ってからだと2週間だった。たったの2~3週間! 短い! あまりにも短い!


 入籍して3週目で沙耶の借金が発覚した。その時点で、僕は結婚生活が楽しくなくなった。そして、入籍から1ヶ月半、沙耶の浮気が発覚して日々の生活が更にツラく苦しくなった。


 なんで、浮気した女と一緒に暮らさないといけないんだ?


 元はといえば、あの3連休、3日3晩の看病をしてもらったことから始まった。沙耶のことを好きでもないのに受け止めよう、受け入れようとしてしまった。自分を好いてくれる女性と付き合ってみようと思ったのが大間違いだった。やっぱり僕は、自分が好きになった女性を口説き落とす方が良かったのだ。


 悔いた! めちゃくちゃ悔いた! 死にたいくらいにツラかった。浮気されるのが、こんなにツライとは……初めて知った。誰にも話せない、誰にも相談出来ない、相談する内容が恥ずかしい。借金を払わされました、浮気されました、恥ずかし過ぎる。僕は孤独だった。それでも、僕は浮気や不倫はしないと決めていたから、他の女性を求め、他の女性に逃げるということも出来なかった。


 沙耶は、とりあえず当分は離婚しなくてすむということで上機嫌だった。そんな沙耶を見ていると、腹が立って仕方ない。そして、言われた。給料日の2週間後、食費を渡して半月で、こう言われた。


「食費が足りないから、お金ちょうだい」

「今月は20万も渡したやろ? もう渡さへんで」

「お金が無かったら、ご飯も食べられない」

「毎日外食するからやろ? ほんでな、計算してみろ、外食しても、だいたい1回あたり2人で6~7千円やで。7千円としよう。かける15日、合計したら10万5千円や。20万も渡してるんや。この差額の10万はなんやねん?」

「いろいろ、買う物もあるから」

「何を買うねん?」

「いろいろ」

「お前、食費を借金の返済とかに回してるやろ? これを見ろ!」

「何?」

「また、別のカード会社からの督促状や。勿論、お前宛やで」

「……」

「お前、いつになったら働くねん? 麻紀さんは何て言ってるんや?」

「働きなさいって言われた。でも、もう、お母さんに紹介出来る会社は無いって」

「ほな、麻紀さんの紹介やなくても、どこかで働けや。求人情報誌を見ろ、ネットで探せ、お前の場合、美容師で手に職があるんやから、スグに働けるやろ?」

「崔君、専業主婦でいいって言ったくせに」

「お前、頭おかしいんか? それは、お前に借金があるって知らんかった時のことやろ? 借金が発覚してからは、“働け、金返せ”って言い続けてるやんか」

「わかった、働く。とりあえず足りないものは足りないんだから、お金ちょうだいよ。お金が無いと、ご飯も食べられないよ」

「食べられへんのやったら、食べへんかったらええやないか、僕は知らん」



 うたた寝していた。気がつくと、沙耶が台所で料理を作る物音が聞こえた。どうやって食材を買ったのだろう? まだお金があるのに“無い”と言っていたのか? それとも麻紀さんに借りたのだろうか? もう、どっちでもいい。


 沙耶は、結婚する前は沙耶の実家で料理を作ってくれていた。何品も作ってくれた。だが、社宅にきてからは基本的に外食。作っても、オムライスとか、カレーとか、親子丼とか、ドーンと一品だけ。もしかすると、社宅に入る前は麻紀さんが作っていたんじゃないのか? 僕は“詐欺だ!”と思った。


 そこで、ふと思った。“僕が渡している生活費を、男に貢いでるのではないか?”と。これは沙耶本人しかわからないことだ。だから、ストレートに沙耶に聞いてみた。


「お前、食費の中から借金返済してるんか?」

「してない」

「ほな、男に貢いでるんか?」

「貢いでない」

「正直に言え。これ以上、好感度は下がらへんから。僕の沙耶に対する好感度はどん底まで下がってるからな」

「貢いでないもん」

「もう、お前の本性はわかってるねん。正直に、何に使ったか言えや」

「食費に使った」

「言うたやろ? 毎晩外食でも10万くらいは残ってるはずやねん。そんな言葉で納得出来ると思ってるんか?」

「食費、食費に使ってる」

「お前は……本当に性格の悪い奴やな。麻紀さんに言うぞ」

「ママに言うのはやめて、お願いだから」

「なんで、麻紀さんに言うたらアカンねん? いつも、何かあったら麻紀さんに尻ぬぐいを頼むくせに。お前、やっぱりちょっとおかしいぞ」

「ママも大変なの。お父さんが借金を残して死んだから。ママも生きていくだけで精一杯なんだから」

「ほな、お前がもっとシッカリしないとアカンやんか」

「シッカリやってるやんか。掃除も洗濯もしてるし」

「専業主婦の仕事やろ? お前は働いて早く僕にお金を返せよ」

「わかってる。急かさないでよ、わかってるから」

「急かしたくもなるわ。お前がグズグズしてるから」



 いつだったか、いきなり沙耶が言った。


「崔君、私のカバンから携帯を取って」

「カバンの中を見てもええんか?」

「いいよ、だから携帯、早く」


 僕は、沙耶のカバンを開けた。携帯を取り出す。ふと、2つ折りににしたメモが気になった。メモを見ると、“11時、駅前、しんちゃん、はあと”と書かれていた。


 僕はまた目眩がした。心も身体も、この状況を拒んでいる。でも、放っておくことは出来ない。言うしかない。僕は沙耶に言った。



「沙耶、このメモは何や?」







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