第27話  信用と信頼!

「どうして俺が呼び出されないといけないんですか?」

「沙耶、あなたが話しなさい」

「仕事、辞めさせてほしいから呼んだの」

「お前なぁ、今日も大変だったんだぞ、いきなり休むから。お前の指名客をさばくのに苦労したんだぜ。仕事には責任感を持てよ!」

「そんなの関係無い、もう辞める。でないと、いつになっても辞められない」

「店長、仕事場に恋愛を持ち込むからややこしくなるのよ」

「麻紀さん、その言い方はヒドイですよ」

「もし仕事場に恋愛を持ち込むなら、ケジメをつけなさい! どうして沙耶と結婚しなかったの? “一緒に店を持とう”って言いながら結婚もしないでズルズルと! あなたがそんな態度だから、沙耶も失望するのよ。今スグに沙耶と結婚出来る?」

「結婚は……今は無理ですけど」

「どうして? どうして出来ないの? アルバイトの女性にも手を出してるから?」

「いやぁ、それは……」

「弁解出来ないでしょう? そんなあなたに沙耶を縛る権利は無い!」

「でも、俺、先週も沙耶とホテルに行ってますよ」

「え?」


 この“え?”は僕だ。


「ホテルなんか行ってないもん」

「忘れるの早いなぁ、よく思い出しなよ」

「いやいや、先週はほとんど沙耶と会ってた。でも、1日だけ会えない日があった。沙耶、あの日か? あの日にホテルに行ったのか?」

「行ってない、行ってない、信じて、崔君!」

「ほな、信じさせてや。さっきからお母さんばっかり喋ってるやんか、沙耶も反論せえや。自分のことなんやから」

「店長、いい加減なことを言うのはやめてよ! 自分は浮気してたくせに」

「確かに俺はバイトの娘(こ)に手を出してるけど、それとこれは別の話だろ?」

「私は何年も待った。店を持つ、結婚する、それを待った。あなたの言葉を信じてた。でも、もう待てない。あなたとは、ずっと前から別れたかったのよ」

「でも、仕事はちゃんとしろよ、それから辞めろ」

「嫌、もう行かない。私はあなたと別れて崔君と付き合うの」

「もう、誰と付き合ってもいいから、仕事は落ち着くまで来てくれ。お前の指名客がいるからな。引き継ぎシートも書いてないだろ?」

「ほら、“誰と付き合ってもいい”なんて、私のことを全然愛してないじゃない。だから嫌になったの。私達、長く付き合い過ぎた。お互いに興味が無くなってる。もう嫌なの! こんな関係」

「あなた達、いつまで子供みたいな喧嘩をしてるの?」

「でも、ママ……」

「麻紀さん……」

「結論だけにしましょう、店長は沙耶と結婚する気はあるの?」

「それは……」

「はい、即答出来ないならそれでいい。即答出来ないというのがあなたの結論ね」

「いや、それは……」

「変なこと聞くけど、沙耶の給料はいくら? あなたはいくらで沙耶を雇ってたのかしら?」

「……16万です」

「安っ!」


 この“安っ!”は僕だ。


「ボーナスも無いんでしょう? そんな安い給料で人を動かそうとするのは甘えてる。沙耶を利用してただけじゃないの」

「“一緒に店を持とう”って言われてたから、その給料で我慢してたのよ」

「店長、あなたは情に訴えかけて人を安く使ってきたのよ、反省しなさい」

「……すみません」

「店長、私はあなたの味方は出来ない。味方をする要素が無いから」

「……経営が苦しくて、余裕が無いんです」

「だったら、そんな店は早く潰してしまいなさい」

「……」

「2人で話し合っても結論が出ない気がするから私が仕切るけど、私は崔君の味方をする。店長、あなたはもう帰りなさい。そして、もう2度と沙耶に会わないように。仕事のことは、責任者のあなたがなんとかしなさい。もう、沙耶をあなたの店には行かせない。行かせられない」

「そうですか、わかりました」

「店長さん!」


 ここで僕が口を出した。


「なんでしょう?」

「先週、沙耶とホテルに行ったって、本当ですか?」

「本当です」

「嘘よ嘘、そんなの嘘よ!」

「嘘じゃない。沙耶、よく思い出してごらん」


 店長は帰った。



「さて、これで終わりだったらいいんだけど、こっちの問題も解決しないとね」

「……」

「崔君の気持ちは?」

「沙耶が先週、店長とホテルに行ってたなら嫌です」

「だよね、で、崔君は店長と沙耶、どちらを信じるの?」

「麻紀さんは、どっちが正しいと思いますか?」

「そんなの、わからない」

「え! 沙耶を信じるんじゃないんですか?」

「だって、本当のことなんか沙耶本人にしかわからないでしょ?」

「まあ、そうなんですけどね」

「後は、崔君が沙耶を信じるかどうか? でも、信じられないならもう別れた方がいいよ。だって、長く付き合って結局別れたら、お互いの傷が深くなるだけだから。別れるか付き合うか? 今夜中に結論を出しなさい」

「一晩しか考えさせてもらえないって、結構ヒドイですよ」

「一晩で充分。一晩で結論が出なければ、結論を出すのに長い時間を必要とするだけ。その時間はお互いに無駄だと思う」

「今日が土曜で良かった。朝まで考えますわ」



 僕は考えた。店長と沙耶、どちらを信じるか? 結論を言うと、どちらも信じられない。付き合う前からケチがついてしまった。不愉快だから別れようか? 別れるなら、今が最高のタイミングだ。だが、三日三晩の看病をしてくれた沙耶を信じてあげたい気もする。様子を見たい。様子を見ることも出来ないなら、もう別れてもいい。



 朝、麻紀から声をかけられた。


「崔君、結論は出た?」

「出ました。付き合います。でも、少しの間、様子を見させてもらいます」

「様子を見るくらいなら別れた方が……」

「様子を見るくらいなら別れた方がいいと急かされるなら、もう別れます」

「……」

「どうですか?」



「じゃあ、沙耶の様子を間近で見たら? 崔君、この家から通勤してみない?」







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