第26話  最初のトラブル!

 結局、沙耶は三日三晩、僕の看病をしてくれた。しかも、仕事を休んで。僕は体調不良でも労ってもらったことが無い。愛子もそうだった。消化器系がボロボロでも労ってくれなかった。看病なんて、小学生か中学生だった時くらい迄。それ以降、誰かに看病してもらったことなど無い。僕は初日に“沙耶が来た”ということに驚き、2日目に感謝して、3日目にホロリと泣いてしまった。労ってもらえることが嬉しかった。“沙耶に愛されてる!”と思った。


 今までの僕は、こちらから好きになって、愛して、口説いて、口説いて、口説いて、やっと付き合ってもらえるというのが恋愛のパターンだった。しかし、好かれて、愛されて、付き合ったということは1度も無い。僕は愛することに疲れていた。僕のことを好きになってくれて、愛してくれる女性と付き合うのもいいかもしれない。そういう考えが頭に浮かぶようになった。



 3連休の翌日には、僕の熱は完全に下がっていた。僕は普通に出社することが出来た。沙耶のおかげだと素直に感謝した。



 それから、僕は沙耶と向き合うようになった。すると、自然に毎日のように一緒にいるようになった。会うのは、沙耶の美容室が閉まってからだ。だから夜になる。お茶だけの時もあれば、食事だけの時もある。僕は沙耶に好感を抱き始めていたから、一緒にいるのが徐々に楽しくなっていった。



 そして、スグに沙耶の母親を紹介された。母親は沙耶と同居していた。沙耶は実家暮らしで、まだ実家から出たことが無いとのことだった。沙耶の母親はチャキチャキした好感の持てる肝っ玉かあちゃんだった。話していてスカッとするいい母親だ。僕は沙耶の母親、麻紀とスグに親しくなれた。しかし、“親に紹介されるの、早すぎないか?”と思っていた。



 或る日、土曜の昼食で。


「崔君、私達、付き合ってるのかなぁ?」

「いやいや、付き合ってへんよ。まさか、沙耶は僕と付き合ってるつもりやったん? 嘘やろ?」

「勿論。付き合ってると思ってた。ホテルも行ったし。なんで? 付き合ってるでしょ? こんなに毎日会ってるんだから」

「だって、勤め先の店長と別れてないやんか、別れてくれなければ、付き合えないよ。僕は、そういうところは“なあなあ”で終わらせたくないねん」

「私達、もう別れかけだからいいじゃん」

「アカンよ。“別れかけ”と“別れた”では大違いやで」

「そうなんだぁ、じゃあ、別れる」

「そうそう、別の店で働いたらええねん」

「でも、店長とは、もう長い間してないよ」

「そういう問題とちゃうねん。とにかく、僕は沙耶が店長と別れないと付き合えない。これはなんと言われても変わらない。譲れない」

「わかった、別れる。店も変わる」

「うん、別れても同じ店にいたら別れたって信じられへんからなぁ」

「じゃあ、崔君、店までついてきてくれる?」

「ついていかなアカンの? 1人でケリをつけろや、大人やねんから」

「お願い、ついてきて!」

「ごめん、嫌や。自分の力で別れてほしい」

「店にハサミのセットを置いてるから、それだけは持って帰りたいの」

「わかった。ほな、店に行こう。今は昼間やから店は開いてるんやろ?」

「うん、開いてる」

「ほな、沙耶の車で行こう」



「この店か」

「お客さんがいないみたい、ちょうどいい。今の内に行くからついて来て!」

「おう」


「沙耶、なんで今日休んでるんだよ!」

「あなたとは別れる。店も辞める。違う店に行く」

「じゃあ、今日は何しに来たんだ?」

「ハサミのセットを取りに来ただけ」

「それで、あなたは?」

「僕? 僕は沙耶の恋人になるかもしれない男です」

「おい、沙耶、今日もお前の指名客がいるんだぞ。明日も明後日も予約があるだろ? どうするんだよ!」

「そんなの知らない、店長のあなたがフォローしてよ」

「無理だよ、お客さんの数が多すぎる。店を辞めるにしても、沙耶には落ち着くまで店にいてくれないと困るんだよ」

「崔君、行こう。ハサミは持ったから」

「指名の予約に対応してから行けよ!」

「崔君、とりあえず帰ろう」

「ということで、とりあえず帰ります」

「待てよ! 俺はこんなの認めないぞ」



 そして、沙耶は何故か自宅に車を停めた。


「沙耶、なんで実家に帰るねん?」

「店長のこと、ママに相談するから」

「相談するの? お母さんに?」

「うん、あ、ママだ」

「沙耶、仕事じゃなかったの?」

「ママ、力を貸して!」

「どうしたの? 沙耶。崔君も一緒だけど、どういうこと?」

「店長とスグに別れたいのに、指名予約が終わるまで辞めるなって言うの」

「あなた、まだあの店長と付き合ってたの? 別れたって言ってたじゃない」

「ごめん、ずっと関係が続いてた。一緒に店を持とうって言われてたから、店を持つことに憧れて別れられなかった。プロポーズを待ってた。でも、あの人はバイトの女の娘(こ)にも手を出してる。嫌になった、もう本当に別れる」

「それで? 私は何をしたらいいの?」

「店長を家に呼ぶから、ママにも私が店長と別れられるように応援してほしいの。私、店長と別れて崔君と付き合うから」

「崔君、沙耶と付き合ってくれるの?」

「店長と完全に別れることが出来たら、ですけど。でも、今の沙耶には難しいかな? って思っています」

「沙耶、店長に仕事が終わったらウチに来るように連絡しなさい」



 夜、店長が沙耶の自宅にやって来た。


「久しぶりね、店長」

「お久しぶりです、麻紀さん」



 その時には、静かに戦いが始まっていた。なんで麻紀さんが戦っているのか? わからないのだけれど。沙耶、お前が戦えよ!







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