第25話  始まってしまった!

 その日は天野さんが仕事だったので、1人で○○駅へ行った。やっぱり人通りは少ない。土曜日だというのに。僕はいつも通り、好みの女性を見つけては声をかけていた。だが、連戦連敗。何回も心が折れる。それでもまた立ち上がる。何がそこまで僕を動かしていたのか? 寂しさだ。真帆を失って寂しいのだ。まだ、亡くなった母親のことを思い出す日もある。僕を支えてくれる、傷を癒やしてくれる女性を強く求めていたのだ。早く、この寂しさから逃れたい!


 そして、焦った僕は、女性に後ろから声をかけてしまった。マズい! 顔を確認せずに声をかけてしまった。フライングだ。これは“ナンパあるある”だ。勢い余ってやっちまうことがある。その小柄な女性は振り返った。うん、普通だ。でも、好みによってはブサイクかもしれない。身長は150そこそこか? スニーカーなので身長はわかりやすい。僕は小柄な女性は大好きだが、この娘(こ)は……どうなんだろう?


 後悔しつつ、一応、誘ってみた。まあ、どうせ断られて終わるだろう。


「お茶する時間は無いですよね?」

「お茶ですか? そのくらいの時間はありますよ」


 釣れてしまったー! 獲物じゃ無い魚を釣った。こういう時はどうするか? コーヒーを飲みながら、話を盛り下げてそこで永遠にバイバイする。それしかない。流石に、OKをもらっておいて、“やっぱり、いいです”とは言えない。それこそ、女性に恥をかかせてしまう。まだまだ母の教えに従ってしまう僕だった。



 そして、喫茶店。僕はあまり話さなかった。ここは、“つまらない奴だ!”と思わさなければいけない。だが、相手は何故か上機嫌だった。よく笑うが、それは良い印象ではなかった。男に媚びた笑いのように感じた。どうも、あざとく見えてしまう。


「崔さん、あまり喋らないんですね」

「そうでもないけど。まあ、こんなもんや」

「崔さん、歳は?」

「……29」

「私、26です。3つ下ですね。これってちょうどいいくらいの歳の差ですね」

「そうなんかなぁ? 僕、歳の離れた女性とも付き合ってきたから、何も思わへんけど。10歳上とかもあったし。そういえば、年下と付き合うことは少なかったなぁ」

「年下と付き合ったことは?」

「一応、ある。でも、年上の方が圧倒的に多い」

「そんなに沢山の恋愛をしてきたんですか?」

「まあ、ぼちぼち。歳の数だけ経験人数は増えるねん」

「大人ですね」

「いやいや、そんなことはない」

「私、崔さんのことを知りたいです」

「僕の何を知りたいの?」

「今までに付き合った女性のこととか」

「そんなの、喫茶店で話す話題ではないよ」

「どこにお勤めですか?」

「某化学メーカー」

「大きい会社ですか?」

「まあ、大きいかな。まだ若手だから、そんなに給料は良くないけど」

「工場ですか?」

「うん、工場。整備と物流」

「私、何の仕事かわかりますか?」


 “ごめん、正直、どうでもいい”


「わからへんわ」

「美容師。だから、崔君の髪もカットとカラーをしてあげられるよ」

「それはええなあ。1万円くらい得するなぁ」

「でしょう? 私と付き合ったら、いろいろと良いことがありますよ」

「他には?」

「私、料理には自信があるんですよ」

「へえ、それは武器になるやろなぁ」

「胃袋を掴みます」

「他には?」

「うーん、いろいろです」

「なんや、結局、その2つだけかい」

「2つもあれば充分でしょう? あ! 崔さん、今、彼女はいるんですか?」

「彼女がいたら、ナンパなんかせえへんわ」

「ふーん、私、一応、彼氏がいるんですよ」

「ふーん」

「美容室のオーナー店長なんです。もう別れたいんですけどね」

「でも、別れたら店にいるのは気まずいやろ?」

「そうなんです、だから形だけですけど付き合ってるんです」

「別れて別の店で働いたらええやんか。手に職があるんやから」

「そうなんですけど、なかなか踏ん切りがつかなくてズルズルと……」

「まあ、あなたがどんな人生を歩もうが自由やから、よく考えて行動してくれ」

「そういえば、私、まだ名前を言ってませんでしたよね?」

「うん、聞いてない」

「名前も聞かないって、崔さん、私に興味が無いんですか?」

「うーん、どうやろ?」

「私、沙耶です。朝倉沙耶です」

「ふーん、ほな、朝倉さんって呼ぶわ」

「沙耶でいいですよ。私の方は、崔君って呼ばせてください」

「うん、崔君でええけど」

「今日は、どうして私に声をかけてくれたんですか?」

「いや、なんとなく。暇そうに歩いてたから。お茶でもどうかなぁって思って」

「崔さん、今、どこに住んでるんですか?」

「会社の独身寮」

「遊びに行っちゃダメですか?」

「ダメ-! また、今度ね」

「崔さん、崔さんの電話番号を教えてくださいよ」

「うーん、ええけど。そっちは平日休みやろ? こっちは土日祝日しか会われへんで。それでもええの?」

「はい、それでもいいです」

「まあ、電話番号くらいなら……」


 電話がかかって来ても、出なければいいだけだ。僕は軽く考えていた。



 その後、着信とメールが多いので、夕食をご馳走した。その時、財布を忘れて寮に取りに戻ったので、寮の場所は沙耶にバレた。だが、絶対に中には入れないつもりだった。その夜、沙耶の方から誘ってきたので、僕達はホテルに行った。



 その後、沙耶から何度か着信とメールがあった。電話には出なかった。メールは、午後8時のメールに対して、朝になってから“ごめん、気付かなかった”と返した。僕が沙耶に興味が無いことを、早く沙耶に自覚してほしい。脈が無いと思ってくれたら成功だ。抱いたけど、彼女にするつもりは無かったのだ。



 そうこうしていたら、或る3連休、僕は風邪をこじらせて寝込んだ。久しぶりに39度の熱が出た。なかなか熱が下がらない。動くのもダルい。喉が痛くて、寮の食事は喉を通らない。そこで沙耶からメールが来た。“今、何をしてるんですか?”と。僕は“風邪をこじらせて寝込んでる”と返した。またメールが届いた。“何号室ですか?”、“〇〇〇号室”。


 沙耶は大きなビニール袋を持って僕の部屋にやってきた。まず、頭を冷やしてくれた。それから、“飲むゼリー”を渡された。喉が痛くてもこれなら飲めた。僕はやっと落ち着いた。ホッと気が抜けた。すると、沙耶はタッパーを取りだしレンジで何か暖めた。出されたのは雑炊だった。



「喉が痛いかもしれないけど、食べられるだけ食べてね」







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