第28話  沙耶の家、沙耶の母!

 沙耶の家から、会社に通うようになった。毎朝、沙耶と麻紀が起こしてくれる。僕は朝食を食べないので、栄養ドリンクとホットコーヒーだけいただいて出る。その際、手作り弁当を渡される。会社で昼休憩に弁当を広げると、会社の人達から“愛妻弁当だ!”と言われて冷やかされるが、僕はそういうのはもう気にしなくなっていた。弁当はいつも美味かった。夕食も沙耶の家で食べる。やっぱり美味い。僕は胃袋を掴まれたかもしれない。


 僕は会社が終わると寮に戻り、風呂に入って着替えてから沙耶の家に行く。そして沙耶の家に泊まって、朝、沙耶の家から会社へ行くのだ。しかし、この食事を作っているのは沙耶なのか? 麻紀なのか? わからなかった。いつも台所に2人で立つからだ。もしかすると、僕は麻紀の料理で胃袋を掴まれているのかもしれない。



 寝るのは沙耶の部屋のシングルベッド、沙耶は毎晩求めて来た。そして満足そうな顔をして、スグに眠る。僕はそんなにスグには眠れない。


 いつもではないが、時々、沙耶が眠った後で退屈して2階から1階に降りる。麻紀の様子を見る。麻紀が寝ていれば2階に戻るが、起きていれば雑談の相手になってもらえる。ちなみに、麻紀の旦那様、沙耶の父親は3年前に病死していた。麻紀はその時、50歳だった。麻紀も働いていた。疲れている時が多いように思えたが、話すことは好きなようだった。


「崔君、沙耶とは上手くいってる?」

「どうでしょう? まあ、喧嘩もしないし、上手くいってるんじゃないですか?」

「そう、それならいいけど」

「でも、まだ少し不安はあるんですよね」

「不安? 不安って何?」

「店長との別れ話、沙耶だけでは上手くいってませんよ、あれ」

「どういうこと?」

「麻紀さんが話をまとめたじゃないですか。店長と別れられたのは麻紀さんの力ですよ」

「うーん、そうかなぁ。そうかもなぁ。私はスパッと切るから、焦れったくて」

「あんな調子で、沙耶は大丈夫か? ちょっと不安なんですよね。大人なんだから、自分の力で別れられるくらいの姿を見せてほしいです」

「そうかぁ、まだ不安なのね。でも、信じることから始めないと」

「そうなんです。沙耶は“大丈夫、任せとけ”って軽く言うんですけど、その軽さが逆に不安なんです」

「まあ、店長の件があるから仕方ないかぁ」

「沙耶って、どんな娘(こ)なんですか?」

「あの娘はちょっとわからない。都合の悪いことは話さないから。店長とも、私には“もう別れた”って言ってたけど、別れられてなかったし」

「そうなんですか」

「お姉ちゃんと妹はシッカリしてるんだけどね」


 沙耶は3姉妹の真ん中。2歳年上の姉と、4歳下の妹がいる。姉は38歳の公務員と結婚していて、妹は県の北部で1人暮らしをしているらしい。


「ウチは親戚付き合いが多いから、機会があれば崔君を紹介するね」

「いやぁ、無理に紹介してくれなくてもいいですよ」

「まあ、そう言わずに」

「あ、いつも弁当も夕食も美味いんですけど、あれを作ってるのは麻紀さんですか?」

「え? 沙耶と一緒に作ってる」

「ほな、沙耶も料理は上手いんですね?」

「うん、料理だけは上手い。私が教えたから。料理に関しては自信を持ってオススメできる」

「良かった、僕、胃袋を掴まれてるから。作ってるのが実は麻紀さんということだったら嫌だなぁと思ってたんです。良かった、安心しました」

「沙耶は崔君の胃袋を掴めたのかぁ、良かった、良かった。料理を教えた甲斐があった」

「別れた嫁は、殺人的に料理が下手でしたからね」

「そうだ、崔君はバツイチだった。忘れてた」

「バツイチで、すみません」

「大丈夫、亡くなった旦那もバツイチだったから。しかも離婚の理由は嫁の浮気」

「そうだったんですか!」

「だからトラウマを抱えていて、仕事中、時々私に電話をかけてきた。私が家にいるかどうか? 心配だったみたい。だから私は、旦那を不安にさせないように気を遣ってた」

「そうなんですか、それは素敵ですね」

「そうそう、結婚した最初の2年くらいは、私、いつも着物を着てたのよ。旦那を喜ばせようと思って。男の人って、和服が好きでしょう?」

「サービス精神が旺盛ですね、いやぁ、旦那様が羨ましい」

「でも、沙耶は着物が似合わないかも」

「どうして?」

「あの娘(こ)、骨太でしょう? 体型が……。私の方が沙耶よりスタイルいいからね」

「確かに、麻紀さんはスタイルがいい」

「私、身長155,沙耶は150,でも、私も沙耶も胸は無いの。私のせいで、3姉妹全員が貧乳なのよね。でも、まあ、いいか。崔君、毎晩沙耶を可愛がってるみたいだし」

「え! 音とか声とか聞こえてましたか?」

「うん……ちょっと、ほんのちょっとね。沙耶の声が大きいから」



 それから、予告通り沙耶の親戚何人かに会わされた。僕は、“外堀から埋められている”という気がした。多分、気のせいではなかっただろう。


 そして、親戚の前になると、急に沙耶がベタベタしてきた。沙耶の心理がわからない。僕は澄ました顔で座っていただけだが、麻紀に言われた。


「あんまり人前でベタベタするのはやめるように。見苦しいから」



“おいおい、どこ見てるの? それを言うなら沙耶に言ってくれー!”







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