第27話

誰も居ない通学路を歩く。今日彼に会ったらなんて話そう。そんな事ばかりが頭をよぎる。


「あれ……?」


いつもは彼が登校している時間。それなのに、水垣君の姿は見えない。そのまま彼と出会うことなく、私は学校へと到着してしまった。


もしかしたら、今日はちょっと早く出てしまったのかもしれない。それで入違ってしまったかもしれない。

そんな事を考えながら、私は教室の戸をくぐる。


「あっ……」


教室の中をきょろきょろと見渡してみれば、机に突っ伏す彼の姿が見えた。声を掛けようか一瞬悩んでいると、眠そうに顔を上げる彼と目が合う。


「……おはようございます」

「……おはよう」


私は気まずさを感じつつも、彼に近づく。


「あ、あの……」

「……なんだ?」

「き、昨日はすいませんでした。その、色々と……」

「ああ……」


長い前髪の隙間から見える瞳は、とろんと潤んでいた。それが綺麗で、思わずじっと見つめてしまう。


「気にしてはいない……」

「でも、その……」

「俺も……同じ気持ちだったから……」

「えっ、それって……」

「…………」


そこまで言ったところで、限界だったのだろう。彼の瞳はゆっくりと下りていく。彼の言葉の真意を聞くことも出来ぬまま、私の体は確かな熱を帯びてゆく。


「っ…………」


頬が熱い。でも、それが心地良い。両手で持つにはあまりに小さくて、胸に秘めておくには大きすぎる想い。


朝の陽ざしが、まろやかに差し込む。きっと、この温度感が今の私たちなのだ。それなら、今だけは。後少しだけは、この空気感で……。

彼の頬をそっと撫でる。メロウなこの想いが、今はなによりも愛おしかった。


◇ ◇ ◇


「水垣君は、好きなお弁当のおかずは何かありますか?」

「好きな弁当のおかずか……」


昼休み、大きくあくびをしながら、当然のごとくいる文乃さんの質問に頭を悩ませる。

弁当なんて、最後に食べたのがいつだったか。それすら思い出せないくらい昔の事なので、困りに困る質問だ。


「そうだな……。強いて言うなら、卵焼き?」


記憶にある弁当のおかずなんて何もないが、弁当の定番と言えばそんなところな気がする。


「卵焼きですか……」


彼女はそう言って、自分のお弁当から卵焼きをひょいと摘まみ上げる。


「はい、どうぞ」

「こういうことをするのは、あまり良くないと思うのだが……」

「何が良くないんですか?」

「勘違いする奴が出てくるだろう」


 そう、主に俺とか。


「水垣君にしかしないので、そこは何も問題ないです」

「それはそれで問題な気がするんだが……」


むしろ問題しかないが、まあいいだろう。文乃さんの心情が分からない以上、下手に期待して落ち込むのは自分なのだ。仲の良い友人として見られていると考えるのが、今の最善手だ。


「それで、食べないんですか?」


文乃さんの箸を持つ手がプルプルと震え始めたので、俺は迷わずパクリとかじりつく。


「……うまい」


ほんのりとした甘みが口の中に広がる。卵のうま味が最大限引き出されたそれは、俺の胃袋に優しく染みていった。


「それは良かったです」


文乃さんは若干頬を赤らめながらそう言うので、俺も少しだけ恥ずかしさが込み上げる。


「顔、赤いぞ」

「……水垣君だって赤いじゃないですか」


俺はとっさに袖で顔を隠すがそれも意味も無く、それどころか余計に頬は熱を帯びていく。文乃さんはそんな俺を見て、ふふっと微笑んだ。


「耳まで赤いです」

「……うるさい」


そう言えば、彼女は更におかしそうに笑う。


「かわいい」


その瞬間、俺は机に勢いよく頭をぶつける。頭が今すぐにでも沸騰しそうだった。彼女は俺を殺す気なのだろうか。


「大丈夫ですか⁉」

「……ああ、大丈夫だ」


心配そうに顔を覗き込んでくる文乃さんに俺はそう言うと、ゆっくりと顔を上げる。こちらの気持ちも知らないで、本当に罪な人間だ。


「俺はもう寝る……」


ふらふらといつもの定位置へと向かうと、ゆっくり椅子に腰掛ける。


「ふふっ、おやすみなさい」


俺はズキズキと痛む額を抑えながら、静かに瞳を閉じた。

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