第25話

『ねえ、水垣君。綺麗だと思わない?』


秋、紅葉が降る中で、透明なビニール傘を差した文乃さんが、不規則なリズムでステップを刻む。


『うん、綺麗だと思うよ』


踊りを踊る彼女を見ながら、感嘆を溢すように僕は呟く。

愉快そうに舞い散る紅葉と、その中で踊る彼女が切に綺麗だった。


『一緒に踊ろう?』


差し出された手を驚きがちに見ると、僕はゆっくりと手を取る。


らったった、らったった、右へ左へ、ゆ~らゆら。

らったった、らったった、前へ後へ、ぐ~るぐる。


人目も気にせず、風に乗せられるまま、二人で楽しく踊り続ける、時折頬に触れる紅葉がくすぐったくて、僕らは二人で笑い合う。

あまりのくすぐったさから目を開けると、すぐ間近に文乃さんの顔が見える。


「ああ……」


僕は若干の驚きを浮かべる彼女の頬に手を伸ばすと、優しく撫でる。頬が、まるで紅葉みたいに真っ赤に染まる。彼女は少し恥ずかしそうだったが、気持ちよさそうに目を細めた。

指先から、彼女のほんのりと温かい体温が伝わる。髪の毛が光に反射して、キラキラと煌めく。


そこまでしたところで、俺の脳はゆっくりと起動し始める。夢と現実の境目が、如実に線引きされていく。


どうやら、図書室で文乃さんを待つ間、いつの間にか寝てしまっていたらしい。最近は不眠に加えて、本を読みふけっていたのが仇となったようだった。

それにしても、随分と懐かしい夢だった。手放しがたい思い出の一つ。何度思い出しても美しい記憶だ。


って、今はそれどころではない。ばっと手を離して起き上がってみれば、バランスを崩して大きく尻もちを搗く。


「す、すまん。寝ぼけていた」

「い、いえ、気にしていませんよ」


文乃さんは驚いたように肩を揺らしながら、優しく手を差し伸べる。


「それよりも、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」


手を取って起き上がると、俺は席に着く。文乃さんは珍しく隣に座ると、こちらをじっと見つめた。


「な、なんだ……?」

「いえ、別に」


彼女はそう言って悪戯っぽく笑う。


「よく寝れましたか?」

「それは……まあ……」

「また泣きたくなったら、いつでも胸を貸しますよ?」

「……あまりからかうな」

「本気なのに……」


不満そうに文乃さんは頬を膨らませる。

ここ二日、彼女の奇行は留まることを知らない。それが嫌だなんてことはない。むしろ嬉しいのだが、考えが読めない。

もしかして、俺の事が……なんて夢を見てしまいそうになるくらいには。


「そ、それにしても、今日は遅かったんだな」

「え? ああ、今日は愛莉ちゃんとお話していたんです」

「そうか」

「そう言う水垣君は何していたんですか?」

「特には何もしてはいなかったな。強いて言えば寝ていたが」


すると文乃さんは、唐突に俺の頬に触れる。


「さっきのお返しです」


文乃さんはそう言って、優しく俺の頬に触れる。時折ふにふにと摘まんでみたりと、されるがままに。


くすぐったさと恥ずかしさから顔を背けたいが、そう言う訳にもいかず、せめてもの抵抗として、視線を明後日の方向に逸らす。


そんな抵抗も、ものともせず、温かい指先が頬の上を滑り踊る。幸せ過ぎて俺はもう、明日には死ぬのかもしれない。


「こういうのは、好きな奴にやれ」


そう言った次の瞬間、文乃さんの指がピタリと止まる。


「……だから、やっているんです」

「……え?」


刹那、時間が止まった。

ゆっくりと、文乃さんを見る。彼女の頬はかつてないくらい真っ赤に染まっていて、瞳が潤んで揺らいでいた。


「それって……」

「……わ、わたし、帰りますね‼」


それだけ言って、文乃さんは未だかつてない速度で走り去っていく。


「あっ……」


伸ばした手が空を切る。一人取り残された俺は、ただ残る彼女の残り香に揺らいでいた。

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