第24話

「水垣君」

「なんだ」


昼休み、名ばかりとなった用務員室で、大あくびをしながら文乃さんの方を見る。


「前から気になってたんですけど、お昼ご飯食べないんですか?」

「いや、もう食べたんだ」


俺はポケットから、中身の無くなったゼリー飲料をひらひらと見せてみれば、彼女は分かりやすく困惑した表情を浮かべる。


「それは……ご飯と言って良いんですか……?」

「……さあ、どうなんだろうな」

「身体壊しちゃいませんか?」

「いや、まあ、それは……そうだな……」


自分で言っていてどうなんだ、という気はある。が、正直これが一番喉を通るので、何も食べないよりかは幾分マシだろう。回帰前の影響か、食事があまり喉を通らないのだ。


「……それより、何でここに居るんだ?」


話題を変えようと、ずっと疑問に思っていたことを投げかける。すると彼女は、卵焼きを口に運びながら、ピクリと肩を震わせた。


何故彼女がここに居るのか。それは俺自身もよく分からない。いつもみたいに一人うたた寝をしようと座っていたら、いつの間にかそこにいた。しかも、お弁当持参でだ。


「……ダメでしたか?」

「別にダメと言う訳ではないが……」


 ほんのり不安を滲ませる言葉に、どうしようかと歯切れの悪い答えが口から滑る。すると、文乃さんの表情が微かに曇った。


「来るもの拒まず、去る者追わず」

「……?」

「俺のポリシーだ。ダメだとも言わないし、嫌だとも思っていない」

「……ありがとうございます」


文乃さんから視線を逸らすと、俺はぶっきらぼうにそれだけ言う。自分でも分かる素気のない態度。なのに、彼女は不思議と声を弾ませて感謝をする。つくづく、おかしな人だ。


「水垣君」


夢うつつの狭間を行ったり来たりしていると、不意に呼ばれた気がして顔を上げる。眠い眼をゆっくりと動かしてみれば、文乃さんがこちらに手招きをしていた。


なんだろうと僅かに重い腰を上げて、彼女の向かいの席に座る。訳も分からず首を傾げていると、文乃さんは箸で唐揚げを持ち上げて、目の前に突き出した。


「……ええと、これは?」

「? 唐揚げですけど」


それは分かっているのだが、それをどうしろというのだろう。もしかして、会心の出来だったから、自慢でもしたいのだろうか。


しばらく唐揚げをじっと見つめてみるが、彼女はそんな俺の口元へ更に近づけてくる。


「……もしかして、これを食べろと?」

「嫌いでしたか?」

「いや、そう言う問題じゃないんだが……」


どう断ろうかと迷いがちに頭を掻くと、不安そうな文乃さんの表情が目に入る。少しの間見つめ合い、俺は根負けして目の前の唐揚げにかじりつく。


久しぶりに食べるまともな食事。きっと手作りなのだろう。時間が経って冷えているというのに、しっかりとした味わいと、うま味が舌の上で踊り出す。

だが、心とは裏腹に身体の方は、想定外の油分に胃が驚き、吐き出そうともがき出していた。


「……どうですか?」

「まあ、悪くない」


それだけ言って、喉にお茶を流し込み、胃を無理やり黙らせる。


「なら、よかったです」


照れくさそうに笑う文乃さんの笑顔に、つい数秒前まで感じていた吐き気も忘れて、思わず魅入ってしまう。


「どうしたんですか?」

「……いや、何でもない」


誤魔化すようにそっぽを向き、口をつぐむ。本当に、俺はこの顔に弱い。彼女はそんな俺を見てふふっと笑い、髪をかき上げた。


「……ありがとう」

「なんですか、それ」

「さあな」


それだけ言って、俺は逃げるようにさっきまでいたスペースに戻る。

昼の日差しが、どうにも眩しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る