第19話
「こんな感じか? いや、もっと変えた方がいいのか?」
朝も早く、俺は鏡の前で四苦八苦しながら髪型を弄る。
ゴールデンウィークも真っ只中、予定など何もない俺だが、今日は唯一と言って良い文乃さんと遊ぶ日だ。
「さっきの方がよかったか?」
一人なら、ぼさぼさの頭と適当な服で行くのだが、残念ながら前述したとおり一人ではない。適当な恰好で行けば、恥をかくのは一緒に居る文乃さんなのだ。
そんなこんなで、慣れない髪のセットを始めてはや一時間半。十何年ぶりにセットをしたので自信はないが、こんなもんだろう。
中学の頃、流行について行こうと一通りやってきた経験がここにきて生かされるなど、人生何があるか分からないものだ。
「少し早いが、もう行くか」
手についたワックスを洗い流すと、近くに置いていた鞄を手に取り、玄関のドアノブを掴んだ。
◇ ◇ ◇
「……早く着き過ぎたな」
時計を見れば、約束の一時間前。遅れるよりかはいいが、それにしても早過ぎである。
駅前という事もあり、人通りは多い。そんな人の間を縫って、俺は近くのベンチに腰掛けると、持参した本を開く。
一ページごとに辺りを見渡しては文乃さんを探していると、ひときわ目立つ彼女の姿を見つける。時刻は約束の時間の三十分前。俺も大概であるが、文乃さんも大概だろう。
サラサラの髪をなびかせる彼女は、カジュアルでありながら清楚さを秘めた服装で、やはりと言うべきなのか、男女問わずかなりの人目を集める。
俺は一瞬見惚れてしまいながらも、すぐに我かえって立ち上がると彼女の元へと足を運ぶ。
「約束の時間よりも随分と早いな」
「あ、水垣……君?」
「……なぜ疑問形なんだ?」
驚いたように固まる文乃さんに、俺はどうしていいのか分からず、首を傾げる。少しの間の後、彼女はハッとした表情になると、若干ぎこちない笑みを浮かべた。
「その、いつもと装いが違うので、少し驚いてしまって……」
「ああ、そういうことか。……やはり変だろうか」
前髪を触りながらそう聞いてみれば、彼女はブンブンと首を横に振る。
「いえ、似合ってはいるんですけど……その、似合い過ぎると言うか」
「どういうことだ?」
「いえ、なんでもないです。……それよりも、少し早いですけど、もう行きましょうか」
詳しく話す気はないのだろう。有無を言わさず歩き出した文乃さんを追いかけるように、俺も足を踏み出す。
良く晴れた朝の陽気が、どこか気持ちがよかった。
「すごい大きな場所なんですね」
遊園地に入場してすぐ、文乃さんは大きく息を飲みながら言葉を溢す。
「遊園地は初めてか?」
そう聞いてみれば、彼女はコクリと頷く。
「はい。実は来たことが無くて、実はちょっと楽しみだったんです」
「なら、今日は楽しまないとな」
俺は彼女に手を差し伸べると、彼女は少し恥ずかしそうにはにかんで、それから差し出した手を優しく握った。
俺たちがまず向かったのは、ティーカップだった。中心にあるテーブルを回して楽しむ、定番のあれだ。
「凄いですよ、水垣君。このテーブル、回すとカップが回ります」
「ははっ、そう言う乗り物だからな」
キラキラとした目で、楽しそうにテーブルを回している文乃さんを見て、思わず笑ってしまう。
ティーカップが終わってからも興奮冷めやらぬ様子の彼女を連れて、お次は絶叫系のマシーンのあるゾーンに足を運ぶ。
「水垣君、あれってもしかして、ジェットコースターですか?」
「ああ、苦手だったか?」
「すいません、乗った事が無いので分からないです」
「それもそうか」
とりあえず、長い列の最後尾に着くと、響き渡る絶叫に文乃さんはピクリと肩を震わせる。
「……やっぱり、怖いんですかね」
「どうだろうな。俺はこういう類は苦手だから、あまり乗らなくてな。詳しくはないんだ」
「……やめておきますか?」
「初めての遊園地なんだろう。一回くらい乗ってみた方がいいんじゃないか?」
「それはそうなんですけど……」
「それとも、やっぱり怖いか?」
「いえ、全然怖くはないです」
そうは言うものの、繋がれた手からは微かな震えが伝わってくる。
「やはり、やめて……」
「お次のお客様、どうぞ~」
やはりやめておこうか。そう言おうとした瞬間、係のお姉さんの案内が始まってしまう。そして、あれよこれよと言う間に、ジェットコースターに乗せられてしまう。しかも、よりによって先頭の席にだ。
「み、み、水垣君。これ、本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫。……なはずだ」
「水垣君⁉」
安全バーを下ろされながら、俺は遠い目で答える。
そう言えば、妹は絶叫系が好きでよく一緒に乗らされていた。久しぶりの遊園地、しかも文乃さんと一緒だからと浮かれて忘れていたが、この類は苦手と言うより嫌いだった気がする。
「それでは、出発いたします」
「う、動き出しました。水垣君、本当に大丈夫なんですよね⁉」
「ああ、死ぬときは一緒だな」
「み、み、み、水垣君⁉」
こうして、最も幸せな死のジェットコースターが始まった。
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