第2話

けたたましいアラームの音が耳を叩く。まだ重い瞼を持ち上げてみれば、いつになく爽やかに感じる朝日が窓から差し込んでいた。俺は目覚ましを止めると、ゆっくりと体を起こして周りを見渡す。そこは随分と懐かしく、そして見慣れた部屋でもあった。


乱雑に物が置かれた学習机に、父さんからもらった、古びて味のある本棚、友達が出来た時に話題にでもなればと買って、結局置物になった真新しいギター。


全部、十年以上前に失ってしまった、かけがえのない俺たち家族の家。


「……これは、夢か?」


そこまで考えたところで、突拍子もない考えが頭をよぎる。

もしもこれが夢ならば、父さんも、母さんも、妹も、家族みんないるのではないか。夢の中とは言え、またもう一度、家族に会えるのではないか。


そう思った瞬間、俺はベッドから降りると部屋から出て、一階のリビングへと転がるように向かう。


「……そう、だよな」


しんと静まり返ったリビング。そのすぐ隣にある仏間に飾られた写真が、酷く冷たい現実を突きつける。

俺はふらふらと近くのソファに腰掛けると、ぼんやりと天井を見つめる。


「なんなんだよ……これ……」


なんとなくだが、分かっていた。この現状が夢ではないことくらい。


金属質な冷たいドアノブの感触も、朝日が肌に触れる暖かさも、少しだけ埃っぽいこの匂いすらも、夢にしてはひどく鮮明で、どこか物寂しい。


今感じている後悔にも似たこの感情は紛れもなく本物で、でも、だからこそ分からない。


この瞬間にもありありと思い浮かぶ、地獄のような仕事漬けだったあの日々。そんな地獄の日々が、幻だったとでもいうのだろうか。そんなこと、一切信じられない。だが、そうでも考えないと説明がつかない。


現にこの家は半分騙されるような形で、昔親戚の一人がかっさらっていった。だが、俺は今、かつて過ごしたこの家に居るわけだし、家具とかも記憶の通りの配置で置かれている。


「過去に、戻った……?」


荒唐無稽な話だ。けれど、あの十年近くの日々が幻でないとするのなら、もうそれしか考えられない。


そんな事を考えていると、ふとリビングにかけてあったカレンダーが目に入る。そこには十年前の西暦が記されていて、やはり過去に戻ったのだという意味も無い確信が強まっていった。


「それにしても、今日は何日なんだ?」


カレンダーを見る限り、暦は四月。だが、何日かまでは分からない。俺は携帯を探しに部屋まで戻ると、枕元に置いてあるそれを手に取って電源を付ける。


表示されていた日付は四月七日、リマインダーには高校の入学式と書かれている。ということは、どうやら俺はこれから入学式に行かねばならないらしい。


時刻は七時を少し過ぎたあたり。学校は確か、家から比較的近い場所だった気がしたから、準備する時間も考えて、急げばぎりぎり間に合うはずだ。


本当はもう少し考えを整理していたいのだが、高校に行くのは亡き母の願いでもあった。事故死した父さんと妹を追うように、病気で死んでしまった母さん。いつも母さんは俺の将来の事を案じていた。だからせめて、天国でくらい安心させてあげたい。


「……まあ、考えるのは後でもできるか」


俺は小さく息を吐くと、近くにあった制服を掴んだ。

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