第55話 懐かしく…

 アライアからリーベルまでの道中、そこそこの数の魔物に遭遇した。

 といっても特別強い魔物がでたわけでもなく、フレアが傷一つなく討伐し、魔石も小さいのしかないが順調に集まっていた。

「この魔石換金すればお肉たくさん食べられるかな?」

「食べられるわよぅ。だけどお肉だけじゃなくて野菜も食べないとだめよぅ」

「は~い」

 という冒険者のものとは思えない会話を続けながらも旅を続ける。


 リーベルまであと半分の距離のあたりで、フレアが想定していなかった事態になった。

 盗賊との遭遇だ。

 相手は5人程度だが、揃いもそろって人相の悪いものばかりである。


「嬢ちゃん二人で何してんだ?金目の物を置いていけば、無事にすませてやるぜ」

 開口一番そんなことを言ってくる。

 金目のものと言えば、ルペシェの実の報酬の銀貨1枚(他は食費などで使った)と道中で小物の魔物を倒して集めた魔石くらいだ。


「はわわ。人相が悪いわぁ」

 とコレットが声に出して言うもんだから、盗賊の内の一人が

「なめてんじゃねぇぞこのガキが!」

 と言って睨めつけてくる。


 でも、いきなり問答無用で殴り掛かってきたり、ぶら下げた剣で切りかかってこないだけマシな部類の盗賊なのかもしれない。


 フレアは困った。

(せっかく集めた魔石をあげるのも嫌だし、かといってこの人たちを殺しちゃうのもなんか嫌だなぁ)


 フレアは、一応人類を守るべき対象として認識している。

 かといって、悪事を働く悪党にそこまで情けをかける必要もないとはわかっているし、害をなす者なら始末するべきだとも理解している。

 しかし今のところ、暴力を振るわれたわけでもなく、今一つこの盗賊たちを救いようのない悪だと判断する材料がちょっとばかし足りない気がする。


「もっと無理やり持ち物を奪うとかしないの?」

 と純粋な疑問をフレアが言葉にすると、盗賊の中のリーダーと思しき男が、

「女子どもを殴る趣味はねぇ。だが何もなしで見逃してやるのは盗賊として示しがつかねぇ。だから金目のものおいてけ」

 と答えた。


 フレアは、う~んと考えて、

「わかった!じゃああなた達全員が私が持つこの魔石を入れた袋を奪えたら、それをあげる。そのかわり、10分経って私から奪えなかったら、あなた達の金目の物をもらうね!」

 と提案する。


 盗賊は、

「はぁ?なんでそんなことをしないといけないんだよ」

 というと、フレアは

「別に攻撃してきてもいいよ!どうせ当たらないだろうけど」

 と挑発すると、

「ふざけやがって。じゃあお望み通りにしてやるぜ」

 といって、盗賊たちは目の色を変えて襲い掛かってきた。


 フレアは盗賊たちの攻撃をすべて踊るようにかわしながら、鼻歌をうたっている。

「な、なんだこいつは…?全然当たらねぇ」


 そういって、10分が経過するころ、盗賊たちはくたくたになって地面に座り込んでいた。

「なんて奴だ」

 そういいながら、フレアを見ると息一つきらしていない。

「バケモンか」

 そういって仰向けに寝転んで、あきらめたようだ。


「じゃぁ、私の勝ち~!なんかもらうね」

 といって、疲労で動けない盗賊の持ち物をあさるも、全員大したものは持っていなかった。


「盗賊さんたち、ちゃんと働けば?」

「うるせぇ!」

 フレアに諭され切れる盗賊だが、もう襲ってくる気もなくなったようだ。


「じゃあ今回は許してあげるから今度会ったらなんか頂戴ね」

 とフレアが言うと、

「うるせぇ!!」

 とまたキレていた。


「もう飽きたし、行こ」

 といって、三角座りで見学していたコレットを手で引っ張って立たせる。

「さすがフレアちゃんだわぁ~」

 といって手をパチパチ。

 盗賊たちを放置して二人は歩き出した。


「コレットを襲いに行かなかったし、やっぱりあんまり悪い人たちじゃなかったかもね」

「なんで盗賊なんかやってるのかしらぁ」

 そんなことを言いながらリーベルを目指して二人は再び歩き出す。



「盗賊ももうからねぇな~・・・足洗うか」

「そうだな〜。俺ら盗賊っぽいのは顔だけだからな」

 残された盗賊達は仰向けに倒れたまま、そんなことを呟いた。





 盗賊をあしらったフレアとコレットは城塞都市リーベルに向かって進む。

 その後は特に何もなく、リーベルの城壁が見えるところまでやってきた。



(リーベル・・・懐かしい)

 コレットは街を見つめながら立ち止まり、複雑な感情が心を駆け巡っているのを自覚する。

 家族を失った恐怖、孤独、虚無感、自分が死にかけたときの絶望と安堵。

 だけどそれと同時に、平和だった時の懐かしさ、家族の優しさ、笑顔、楽しかった日々も思い出す。


 入り乱れた感情の中で、家族の思い出を懐かしく思っていることに気が付く。

(そうだよね、過去にはもう戻れないんだ)

 家族が亡くなったのに、自分だけ生きていていいのだろうか。

 リーベルで生活しているときは、そんなことばっかり考えていた。

 だけど、旅人のおかげで少し立ち直れて、コレット村での生活で少しづつ心の傷が癒されて、フレアとの出会いで初めて心から楽しいと思えるようになった。


 しかしそのフレアも、大きな事情を抱えている。

 出会ってすぐ話してくれた、フレアの使命のこと。

 正直本当かどうかもわからないような話だけど、フレアは嘘をつくようなコじゃない。

 それだけはわかる。

 フレアは戦争が始まると、自分が自分でなくなるような事を言ってたけど、それもなにか曖昧な感じがする。

 なにがフレアの運命を左右するかわからない。

 フレアの力なら、多分自分でなんとかしちゃうのではないか?

 要はフレアが自分の使命に抗えば、なんとかなるんじゃないか?

 そう思う。

 正直自分が戦闘力的なところでフレアの役に立てるとは思えない。

 なら、自分がフレアの心のよりどころになればいいのではないか。

 戦闘では役に立たなくても、せめてずっとそばにいることくらいはできるのではないか?

 気が付けば、そう思うようになっていた。


(だから、私はフレアちゃんのそばにいる。過去の私みたいに、フレアちゃんが何もかもなくしてしまったとしても、自分だけはせめてそばにいる。これくらいしかできないから)


 そんなことを考えていると、結構な時間自分が立ち尽くしていたことに気が付く。

 フレアはずっと、手を握ってくれていた。

 リーベルを見つめて、立ち止まった自分を心配してくれていたのだろう。

 だけど声をかけることもなく、静かにずっと手を握ってくれていた。


 自分がしようと思っていたことを、いきなりフレアがしてくれたことで、感情がいうことをきかない。


「フレアちゃんぅ」

 いつの間にか涙があふれていて、フレアに抱きついていた。


 フレアは、まるで出会った初日に自分がフレアにしたように、よしよしと頭を撫でてくれた。


 しばらくして、フレアがおそるおそる

「大丈夫?」

 と聞いてきたので、コレットは

「うん!もう大丈夫ぅ。スッキリしたからぁ」

 といって涙を拭い、二人でリーベルの城門を目指す。


(パパ、ママ、ユーリ。私はもう大丈夫だよ)


 ようやくそう思うことができるようになったコレットであった。







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