第53話 血

 突然の崖の崩落で、二人とも巻き込まれ崖下まで落下。

 運よく生き埋めにはならなかったが、事態は深刻だった。


 フレアはすぐに立ち上がる。

 かなりかすり傷はあるが、特に命に問題があるような怪我はしていない。

 魔物が襲ってきてもすぐに戦闘はできる、と判断し、コレットを探す。


「コレット・・・どこ?」

 初めての友達の窮地に自分の声が震える。


 崩れた土砂の上に立つと、すぐ近くにコレットが倒れている。

「コレットっ!!!」

 慌ててコレットのもとへ駆け寄る。

 コレットは大切そうにルペシェの実を抱えていたが、体中傷だらけで、特に頭からの出血がひどい。

 運悪く崩落の際に岩か何かにぶつけてしまったのだろう。

 地面に大量の血が流れている。

「ごめん、フレアちゃ…私足手まとい…」

 といって気を失ってしまった。


 胸の鼓動が一気に早くなる。

 初めてできた友達。

 今の自分の中で一番大切かもしれないと思えたのに…死んでしまうかもしれない。

 そう考えると、一気に全身の血の気が引いたようになるのと同時に絶望という感情が全身を覆う。

 フレアは顔を真っ青にしながら、


(嫌だ。死なせたくない!どうすれば・・・

 そうだ!ネイン!どうすればいい!?)


 ネインから即座に答える。

《この出血量だと、町へ運び込んでも助からない可能性が高いと判断されます。フレア個体の優先度の方が高いので、このまま離脱を・・・ザッ


 突然ネインの言葉が途切れ、フレアは焦る。

(ちょっと、ネイン?!)

『とりあえず頭の傷口をふさいで出血を止めてください。布がなければ手でもいいのでこれ以上血を失わせないように』

(わ、わかった!)

 何かネインの雰囲気が変わった気がするが、今はそれどころではない。


『次に自分の腕を刃物で切って、血を彼女の出血部に浴びせてください』

(えっ?!わ、わかったわ)

『動脈を切らないように慎重に…フレアの体内のナノマシン【ネイン】を輸血により直接患部に移植します。ただし出血量が多いので、それにともない輸血量も多くなります』

 フレアはその指示に従い、自分の血をコレットの頭の出血部にふりかける。

『今度は彼女にそのままフレアの血を飲ませてください。嚥下できなくてもかまいません。口腔内へ入ればネインが血を吸収させます』


本当に吸収できているのだろうか。フレアの血がコレットの口から溢れ出す。


(お願いコレット、死なないで!)

 そう思いながらも、血を流しすぎたのかフレアも頭がクラクラしてくる。

『もう少し飲ませてください。・・・そこまで。速やかに自分の止血をしてください』

 意識が遠のきそうになるのを必死にこらえて自分の止血を完了させる。


『これで処置は完了です。速やかに安全な場所まで避難してください。あなたもこれ以上血を流せば生命維持に支障がでますので、これ以上の出血は絶対に避けてください』

 フラフラになりながらも、コレットを運んで何とか町まで戻らなくては、と気力を振り絞り立ち上がる。


 そこへ血の匂いにひかれたのか、先ほどのフィアウルフの群れが崖を避けてここまでやってきた。


 意識が遠のきそうになりながらも、コレットを守るために剣を握りしめる。

 その瞳は一瞬青系色に輝き、すぐに元のブラウンへと戻った。


 フィアウルフは群れとなると、連携して獲物に襲い掛かる。

 単体では大したことはないが、個体数が増えるごとに難易度は跳ね上がり、10匹を超えるとなると、討伐難易度はCランク上位相当にもなる。

 背負っているコレットを傷つけさせないように、最小の動きで敵を葬っていく。

 コレットを守るためにフレアの集中力は最大限にまで高まっていた。

 襲い掛かるフィアウルフの群れを50匹ほど仕留めたところで、敵の増援は無くなった。


 フレアはやってのけた。

 大量の輸血で血を失いフラフラになりながらも、敵の群れ相手に傷一つ負わなかった。

 しかし、その見た目は崖の崩落と輸血による出血が体中にとびちり、血が足りないこともあって、顔は青白く悲惨なことになっている。

 それでもかまわず、コレットを担ぎ、歩き出す。


 ボロボロになりながらもコレットを担いでアライアの町までたどり着いたフレアを町の衛兵が見つける。

「ん?何だ?・・・子どもかっ?!ボロボロじゃないか、こっちの子は?こっちもボロボロだが息はある!担架をっ」


 安心したフレアはその場に倒れこみ、

「お願い、コレットを・・・」

 といって意識を手放した。





 数日後、フレアは町にあるディアナ教の教会のベッドで目を覚ます。


 目を覚ましたフレアは、

「コレット!」

 と言って上半身を起こす。

 すぐに隣のベッドに寝かされているコレットを見つけて一気に安心した。


 すると、

   くぅ~きゅるる~~~

 と可愛らしいお腹の音がなる。

「お腹・・・すいたっ!」

 コレットの無事を確認するやいなや、急激にお腹がすいていることを自覚する。


 フレアはコレットの輸血に大量の自分の血を使い、結果体内の【ネイン】の数が激減。

 栄養状態に問題なければ、体内の【ネイン】は増殖するが、今のフレアは寝ている間、もちろん栄養摂取はできていない。

 つまり、身体と【ネイン】がハラペコ状態なのだ。


「お腹・・・すいたっ!!」


 二回目のセリフを真剣な顔で言うフレアの声に気が付いたのか、教会のシスターが顔を出す。

「あら?起きたのね」


「お腹・・・すいたっ!!!」

 壊れた機械なのだろうか。

 三回目のセリフでようやく、

「はいはい、病み上がりだけどいっぱい食べられる?栄養付けないとねー」

 とシスターに思いが通じて満足顔のフレアであった。



 フレアが運ばれてきた大量の食事をコレットの顔を見ながらバクついていると、

「いい、におい・・・」

 といって、コレットも目を覚ます。


 コレットは、崖の崩落により大量出血し、出血多量で死ぬところだったが、フレアの輸血による体内のナノマシン【ネイン】の働きにより、命を取り留めた。

 コレット自身は知らないが、以前医療用ナノマシンで生き返ったことがあり、その時の残存ナノマシンが【ネイン】との接触により、同種へと変化。

 その相乗効果により、絶対量の少ない体内のナノマシン量を補完し、今回の危機を乗り切ったのである。


「コレット!!!」

 そう言ってパンを持ったまま泣きそうな顔で飛びついてきたフレアに、コレットは

「ごめんねフレアちゃん、足手まといになって」

 というがフレアは、

「二人で冒険したんだからそんなのはいいよ!それよりこれ食べるでしょ?」

 といって教会からもらった大量の食べ物を差し出すと、


   くぅ~きゅるぅ~~~

 というまたも可愛らしいお腹の音が鳴り響いた。

 今度はコレットだ。

 そう、コレットもまた、体内の【ネイン】がハラペコ状態であり、食欲に逆らえない。


「私こんなに食いしん坊だったかしらぁ」

 と言いながら二人でものすごい量を食べる食べる!


 シスターは、

「さすがにもう食材ないわよ」

 と言ってあきれ顔だ。

「あ、そうそう、これ」

 と言って、シスターが銀貨3枚を取り出して、コレットに渡す。


「これは?」

「衛兵がね、気を利かせてくれたみたいよ。あなたが大事そうにルペシェの実を持っていて、依頼書もあったから。痛んだらダメだからって代わりに換金してくれたみたいよ。ギルドも特例でオッケーしてくれたし、依頼主も喜んでたって」


「あ、ありがとうございますぅ!」

「後で衛兵さんにもお礼しないとね」

 とフレアが言って微笑む。


「それはそうなんだけど、さすがに食事代、ちょっとはもらうからね」

 とシスターはジト目。


 二人は自分たちの食べた大量の食器のあとを見て、

「「あはは~仕方ないかぁ~」」

 といって笑うのだった。




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