第2章 魂の器
第47話 出会い
なんというか、危なっかしいコだった。
私が初めてフレアと出会ったのは、私が暮らすコルテ村から少し北の丘を登ったところにある湖の近くだった。
初めて会ったあの時も夕暮れだった。
といっても日が陰り始めてすぐだったのでまだ明るくて・・・薬草の採集に来ていた私はそろそろ帰り支度をしようかと薬草籠を背負ったところで、湖の淵で倒れている女の子を見つけた。
白いワンピースのような服を着ていたけどとてもきれいな生地で、汚れもなくそれが状況と合っていなくて、何か不思議な感じがしたのをよく覚えている。
ライトブラウンの奇麗な髪が肩まで伸びていて、体に怪我らしき怪我もない。
このあたりは定期的に日用品を売りに来る商人が来るくらいで、旅人もめったに来ない。
もちろん村で見たことがないコで、年のころは私と同じ13、4歳くらいかなぁ?
とにかくこんなところで寝ていたら野生の魔物や盗賊に襲われちゃう。
そう思って寝ている彼女の肩を揺さぶったら、彼女は
「うぅん」
といって右手で頭を押さえながら上半身を起こし、眠そうな目をしながらこっちを見つめてきて、
「########」
何かしゃべったけど何言ってるかわからなぁい!
多分私たちとは違う言葉かなぁ?
そうしてまっすぐ寝起きの彼女を見つめると、ブラウン色の綺麗な目をしていた。
「あなたとても綺麗な目をしているのねぇ」
とりあえず話しかけてみると、彼女は
「あっ」
と小さな声で呟いて、何やら虚空を見つめたあとに
「わた・・し、ふ、れあ、あなた、だれ?」
と話しかけてきた。
「なんだぁ、言葉しゃべれるんじゃない、なんかたどたどしいけどぉ」
「はい、だいじょうぶれす」
遠い国のコなのかと思いながらも、なぜ一人でいるのかとか、なんでこんなところで倒れているのかとか色々聞きたいことが湧いてきた。
しかし、こんなところで話し込むと日が暮れてしまうので、ひとまずうちに連れて帰ることにした。
うちまでは20分くらいで到着するけど、日が暮れると魔物や盗賊が一気に増えるので、なるべく速足で歩いた。
毎日薬草採集や、たまに村衆に交じって狩りもしているコレットは足の速さに自信があり、かなりの速足で歩いたつもりだったが、眠り姫は難なくついてきて、息ひとつ切らしていない。
うーん何者なのかしらぁ。
うちに着くと、とりあえずランタンに火を灯し、夕飯の支度にとりかかる。
今日はとなりのトムおじさんにもらった魔鹿の肉があるので、さっき採ってきた香草を使って魔鹿の香草焼きにしようかしらぁ。
お肉は多めにもらったから、この眠り姫がいっぱい食べても大丈夫よねぇ。
ソースは庭で栽培しているコルテベリーで作ろうと思うけど足りなくなったら、塩で我慢してもらおう。
一般的に塩は貴重だが、先ほどの湖は所謂塩湖で、コルテ村の住民が塩で困ることはまずない。
ちなみに私はこの小さなボロ家で一人で暮らしている。
以前は城塞都市リーベルで両親と弟と暮らしていたが、はやり病で3人とも亡くなってしまった。
一旦病は収まったものの、翌年また流行りだした。
私も病にかかり、3人のあとを追うしかないと思っていたところ、旅人が薬を分けてくれて九死に一生を得た。
当時はなんで私だけ助かったんだろう、一人で生きていくなんて・・・とふさぎ込んでいたが、薬をくれた旅人が、
「俺がもう少し早くこのことに気付いていれば・・すまない」
と言っていたのを聞いて、命を助けてもらったのに生きなきゃ申し訳ないわよねぇと考えを改めた。
旅人は薬でたくさんの人を助けたけど、「なんでもっとはやく来てくれなかったんだ」とか「もう一日早ければ家族が助かったのに」とか、ひどいのは「薬なんてあってもなくても同じ、信心深い人間は助かり、そうでない人間は死んだのさ」などと言われて旅人も気を落としていた。
最後の意見には私も腹が立ったし、私の家族が亡くなったのは病が原因であって、信心深さは関係ない。
とは思っていても、やっぱり神様の奇跡というのは各地で信じられているし、私も神様を否定しているわけではない。
でも神様がいるならなんで私の家族を助けてくれなかったの?
と、どうしても考えてしまう。
教会なんかでこんな話をしたら異端審問にかけられてしまうかもしれないから、絶対に口にはしないけど。
ともあれそんなことがあって、確かに旅人が来たタイミングは人によっては遅かったかもしれないけど、来てくれなければ私は死んでいただろうし、旅人の薬で助かった人も大勢いる。
命の恩人が、そんなことで気を病んでいるのをみて、私は
「あなたのおかげで私は生きていられる、この街にいるのはつらいけど、どこか農村にでも移り住んで、元気に生きていきますぅ」
というようなことを伝えたら、彼もようやく立ち直ってくれたみたい。
ちゃんと伝わったわよねぇ?
ついでに、引っ越すならって、このコルテ村を紹介されて、移り住んだんだよね。
コルテ村は、村民が30人ほどの小さな農村で、私と同世代の女のコはいないけど、隣のトムおじさんは奥さんと娘さんを亡くしているらしく、私のことを何かと気にかけてくれる。
多分娘さんの姿と重ねられてるのかなぁ。
他にも、料理や裁縫のことを教えてくれるタラおばさんや、その息子でやんちゃざかりのリック、その弟カイ。
村のはずれで一人、釣りばかりしているダンじいさんとか、みんな身寄りを亡くしたり、つらい境遇の人たちばかりだけど、村中で助け合って暮らしている。
そんな村が気に入って、私もここで頑張って生きよう、と思って暮らし始めたのが2年前。
不思議だったのは、ここを紹介してくれた旅人のことを、誰も知らなかったことかな。
城塞都市リーベルを出て、コルテ村に来た時は乗合馬車に乗ってきたけど、リーベルに買い出しに来ていたトムおじさんと偶然乗り合わせた。
そのときトムおじさんとは初対面で、旅人のことを聞いてみたけど、心当たりはないって言ってた。
だけど今考えればトムおじさんの様子はなんかへんだったからもしかしたら旅人のことを知っていたのかもしれない。
その時はわからなかったけど。
村についてからも、誰もその旅人のことを知らなかったんだよねぇ。
そのあと村を定期的に訪れる商人にも聞いてみたけど、やっぱり知らなかったので、これ以上調べても無駄だと思って割り切った。
コルテ村のみんなは親切で、村中が家族みたいで、旅人には感謝している。
でも同年代の女子は村にはいなかったので、同じ年頃の女のコの友達ほしいわぁ、と常日頃思っていた。
そこへ青天の霹靂。
まさか都合よく同い年くらいの女の子が落ちてるなんて!神様ありがとう!!
冗談はさておき、このコはいったい何者なのかしらぁ。
同い年のお友達は欲しいけど、得体のしれない眠り姫はお友達としてどうなのかしらぁ。
コレットはそんなことを考えながら食事の準備をする。
椅子は来客用に2脚あるのでそれを使い、小さなラウンドテーブルに料理をおいて、向かい合わせに座る。
すると、
「ありがとう、おいしそ」
と言って、さらに
「食べてい?」
と上目遣いにキラキラした目を向けてきた。
うーん、ちょっと可愛いなぁと思いながら
「あなたフレアちゃん…だっけ?どこからきたのぅ?私はコレットよ」
と簡単に自己紹介をすます。
眠り姫ことフレアは、
「わたしはとおい、そら、からきた」
といいだした。
あれ~もしかしてそんな感じのコぉ?
いや~まってまって、もしかしたらここら辺の言葉に慣れてなくて変な感じになってるだけかも?
と、同い年の女の子ブランドがいい感じの解釈に変換してしまう。
「じゃあ、遠い空での暮らしはどんな感じだったのぉ?」
まるで幼児をあやす様に質問してみる。
「んー、わたしをつくった人から色々教えてもらった」
「つくったひと?お母さんのことぉ?」
「おかあさんからうまれる、ふつう。わたしつくられた」
んー言葉の言い間違いじゃなさそう。生まれるとつくるを別の意味で話しているよねぇ?
「おかあさん、おとうさんいない」
とりあえず天涯孤独っぽいわねぇ。それはそうと、このコ、この短期間でめちゃくちゃ言葉上達してるように聞こえるんですけどぉ。頭いいとかそういうレベルじゃないような?話せる人が演技しているようにも見えないし。
「じゃあそのつくった人っていうのは、何をしている人なのぉ?」
「うーん、おかあさんのかわり?」
「じゃあ、お母さんっぽい人ってことぉ」
「ふふ、そうかも、おかあさんぽい」
そういって無邪気な笑顔をのぞかせるのであった。
育ての親ってことかしらぁ。
しかしこのコめちゃくちゃ食べるわねぇ。
残ってた食料ほぼなくなっちゃったよぅ。
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