第45話 女神の裁定

 シエナが追撃を開始した。

 確かにここで敵に逃げられると厄介だ。

 どんな兵器を隠しているかわからない。

 単独とはいえ、アデルはこの星の技術で対抗できる存在ではない。

 俺たちなら問題ないが、それは相手がまともに戦ってきた場合だ。

 ゲリラ的な戦術をとられると即応する手段が今はない。

 そう考えるとやはりシエナの判断は正しいと思えた。


 しかしやはり心配だ。



 無数に降り注ぐ一面の流れ星となった敵艦の破片が空を埋め尽くす。


 バルコニーを飛び降りてから何分経っただろうか・・・破片の落下が落ち着いて暗闇が戻り始めたころ、体感的には一瞬だったがその時は来てしまった。


 東の空に破片よりも輝く光体が弧を描くように落下してきて、それを追うように一直線に落下してくるもう一つの光があった。


 人々がそれに気づき「なんだあれは」「光が動いている?」などと再び騒がしくなり始めた。

 しかしその二つの光が軌道を変えこちらに近づいてくると、先ほどまで大騒ぎだった会場周辺が、水を打ったように静まり返った。




 シエナとの通信が切れているので、光の動きだけでは詳細な状況がわからない。

 万が一に備え俺も手持ちの装備で参戦しようと思案していると、こちらの意思を感じたかのようにタイミングよくマリーから通信が入る。


『応援は不要なのだわ。大気圏降下中のエネミーの状況並びに降下後のシエナお姉さまとの交戦データからシミュレートしたところ、お姉さまの敗北はありえないのだわ。敵個体は能力の割に速度は速いけど、躯体性能、装備性能ともにお姉さまがエネミーを圧倒してるのだわ。それから交戦中のお姉さまから、エネミーのスキャンデータを受信、特に危険と判断するに足る武装もないと判明したのだわ』


 俺はその報告を聞いてようやく少し落ち着いた・・・しかし、ではなぜあのアデルは単独で降下したのか。

 疑問はあるが、それよりもこの空での戦いを目撃した人たちがどのように受け取るのかが気になる。


 俺が参戦しなくてよさそうなので、とりあえずのところは無関係を装っておこう。

 ゴルドー伯爵に話そうかとも一瞬考えたが、さすがにこれから起こることはまだ理解できないだろう。

 いずれ話すにしても、ゆっくり順序を踏んでからだ。神がかり的なものと思われても、後々の訂正がやっかいだ。

 しかし、どう表現されるかわからないが、この星の歴史に残る出来事になるだろうな。



 やがて、二つの光はこちらに近づいてきた。


 ・・・これ以上こちらに近づくのはまずいのではないだろうか。

 もう肉眼でもかなりはっきり見えるし、これ以上こっちにくると下手すれば流れ弾の危険があるのでは?


 もうほんとに近い!だがアデルはまっすぐこちらに突っ込んでくる!

 せめて周りの人達に被害がでないように武装を展開しようとしたそのとき・・・


 距離にして50メートルくらいだろうか?そこまで近づいたところでシエナの槍が敵を貫いたのが見えた。


(・・・いや肉眼でみえたらマズイ)


 当然俺の周囲にいた人たち、というか会場周辺のほぼすべての人に見られたといっていい。


(どう説明するんだよこの状況?!)


 あぁ、説明するのはだめだ。今は無関係を装わないと説明が面倒だ。

 場合によっては計画に支障がでる、かもしれない。

 俺の気持ちを知ってか知らずかシエナは、無表情を崩すことなくアデルから槍を引き抜きこちらを見つめていた。

 シエナの顔を直接みるのも久しぶりだな。

 直接通信はしなかったが、シエナが無表情のまま「だから大丈夫と言いました」とでも言っているように見えた。


 しかしそういえばシエナのフレームアーマーをじかに見るのは初めてだ。

 何度か脳内でアーマーの換装状況を確認したことはあるが、動いているところを生で見ると全く違うように見える・・・というか多分これ俺の知らない間にアップグレードしてるな。


 前見たときはこんな装備じゃなかった気がする。

 まるで戦乙女が現世に顕現したような姿だ。

 シエナのプラチナの髪に、青色をベースにしたアーマーがよく映えている。

 手には身の丈を超える大きさのランスを持ち、背中にはウィングがついている。

 飛んでいない今はウィングは折りたたまれているが、飛行時にはウィングが広がり、まるで光の羽根のように光子を残して飛行していた。

 少し遠目で見ればまるで天使の羽のようである。

 月夜を背景にしているので神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 近くで見れば洗練された装備なのでかなりかっこいいのだが。


(しかしこの状況、どうしたものか・・・)


 事態の収拾をどうするのかを考え硬直していると、俺の周りで人々がシエナに向かってひれ伏したり祈りだしたりし始めている。

「女神さまが降臨なされた」

 とか言って感動して泣いているおじいちゃんもいる。


 俺の周りの面々も、皆目を見開いて呆然としている。

 アルテだけが、

「・・・女神様?」

 となんとか口にできた様子だ。


(やっぱりそうなるよなぁ)

 と思っているとシエナから直接通信が入った。


『この状況は利用できます。

 とりあえずこの場は撤収、帰還します。

 アデルは死ぬと灰になり消えますので、放置します。

 後ほど作戦会議を行いましょう』


 そう通信で言い残して、シエナはウィングを展開し、再び東へ飛び立っていった。




 ◇◇◇◇◇◇◇




 《シャルの視点》


 ラーズさんが急にしゃべらなくなった。

 さっきまでは一緒に祝賀会を楽しんで来賓の方々とも挨拶をしていたのに。

 まさか毒でも盛られた?!いや、それは大丈夫か?

 ラーズさんが言うには、あらゆる毒が効かないらしい。

 それにこの街のはやり病に見せかけた毒も収束させてしまった。

 井戸水を飲まなかったのだろうが、毒の知識も相当あるのだろう。

 まあ本人がそういうならそういうことにしておこう。

 事情があるのは察するが、解毒薬を運んできたというあの大きな塊のことを考えると、到底理解できるとも思えない。

 

 とりあえず毒などではなさそうだが、なにやら真剣に考えている様子だ。

  

 そういえばラーズさんは以前からこんな感じでなにやら急に考えているように動かなくなることがあるとテッドさんから聞いたことがある。

 今回もそうなんだろうか?真剣というか思い詰めているような表情だ。

 様子を見守っていると、窓の外少し騒がしい。

 何だろうと思っていると、ラーズさんが無言のまま突然バルコニーへ速足で歩き出した。

 

 バルコニーへ出たところで「どうされたのですか」と声をかけようと思ったけど、あまりにも真剣な表情で東の空を見つめているラーズさんにとうとう声をかけられなかった。


 すると突然ラーズさんがバルコニーを飛び降りた。

 

「ラーズさま、どうされたのですかっ!?」

 そういってヒルデ嬢も一瞬飛び降りようと、スカートをまくりバルコニーの手すりに足をかけようとするも、ここは2階だ。

 しかも元貴族のお屋敷で、普通の2階建ての建物よりも高い。

 飛び降りるのは無理!と判断したのか、キョロキョロしたのちに室内に階段を見つけ駆け降りる。

 ちなみにアルテ嬢は先に階段から駆け降りていた。

 私やテッドさん、ネリーも後に続いて階段をおり、少し走るとラーズさんが立ち止まっている。

 どうやらこれ以上進むな、という意味だろうか、右手でお嬢様二人を制止している。

  

 すると夜にも関わらず、突然空が一面明るくなった。

 空一面に、流れ星の大群が押し寄せ、まるで空を覆う星の雨のようだった。


「なっ・・・これは!」

 あまりの神秘的な光景に、私は固まってしまった。

 私の少し前にいるヒルデ嬢とアルテ嬢、それにネリーまでもが口を手で押さえて目をキラキラさせている。

 先ほどからのラーズさんの様子から、テッドさんは私と同じでこの不可思議な現象に警戒感を持っている様子だった。


 そうこうしているうちに無数の流れ星が徐々に少なくなり、あたりも暗さを取り戻してきたところで、ラーズさんの見つめる先に二つの強い光が動いているのが見えた。

  

 先ほどまでの流れ星ではない。

 先に降りてきた光はなんだかゆらゆらしていて、もう一つの光がまっすぐその光を追いかけるように真下へと向かっていた。

  

 その後その光は急に動きを変え、どうもものすごい速さでこちらに近づいてきているようだった。


 この世のものとは思えない光景に唖然としながらも、私の脳裏には、ラーズさんがこの方向を見つめていたのは偶然か?という疑問が湧いた。


  

 二つの光が現れる前に、いや大量の星の雨が現れる前にラーズさんはバルコニーから飛び降りて東の空を見つめていた。

 あまりにもタイミングが良すぎる。

 まるでこの状況を予見していたみたいだ・・・


 そのようなことを考えているうちに二つの光はこちらへ近づいてきた。

 かなり近い。

 もうその光がなんなのかがぼんやり見えるところまで近づいている。

 

 私は、このようなことは生涯でそう何度も起こることではない、という思いでその光景を目に焼き付けることに専念した。


  

 目を凝らすと、一つ目の光は人型の黒い何かだった。

 時折その人型の一部が金色に発光したと思えばまた黒色に戻る。

 暗さもあったので顔までははっきり見えなかったが、その華奢な体つきや動き、それにその不気味さから私には悪魔のようにも見えた。


  

 その悪魔のようなものを追いかけてきたもう一方の光が近づくにつれ、こちらははっきりと女性と認識でき、顔も見えた。

  

 とても端正な顔立ちにプラチナ色の髪、透き通ったサファイア色の目は凍り付くような冷たさを感じたがそれ以上に美しかった。

  

 さらには背中には、まばゆく虹色に光り透けてみえる羽根があり、その神々しさはなんと表現すればいいかわからない。

 今までにみたどんな美しいものよりも美しかった。

  

 ゆえに人ではないとわかってしまったのだ。


  

「天使・・・いや女神様か」

 

  

 そうとしか考えられなかった。


  

 彼女は手に持つ聖槍で悪魔を打ち取ると、地上に降り、悪魔を足蹴にしていた。

  

 その状態で彼女はラーズさんを見つめると、ほどなくして東の空へ飛び去ってしまった。

  

 そこで再び考える。

 ラーズさんはもしかしてあの女神と何か関係があるのではないか?


 ・・・神の使途・・・そうだ、あながち冗談とも思えない。


 いままでのラーズさんの英雄的な働きは常人では成し得ない。

 それこそ神に選ばれたと考えたほうがまだ納得がいく。

 

 あたりは歓声が巻き起こり、女神の立ち去った方向へ祈りを捧げたり悪魔を退けた感謝を叫ぶ者もいる。

 その悪魔はしばらくすると灰になり消えてしまった。


 そのような考えられない光景の連続に、唖然としながらも、この場に立ち会えた奇跡に感謝した。

 ラーズという謎の多い、得体のしれない男。

 しかし善良であると思えるその男に出会えたことを運命と解釈し、シャルは新たな未来への希望と商機を見出すのであった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 今回の出来事について、目撃者が多数に上ったことなどから多数の書物や口伝により、多くの記録が残ることとなった。


 星の雨から始まり、女神による悪魔の断罪までの一連の出来事は


《女神の裁定》


と呼ばれ、広くこの世界に伝わることとなった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る