第44話 追撃戦

『くっ。あとひとつだったのに!』

 悔しがるマリーに俺は、

『いや。よくやったマリー!これで旗艦とマザーフレームの安全は確保された。ひとまず休んでくれていい』

 そう慰める。

 最悪の事態を免れ、俺も少しだけ安堵する。

 しかしまだ終わったわけではない。


 そもそも、なぜアデルが戦闘中に突然惑星へ降下するのかわからなかった。

 単純に逃走したのかそれとも他に目的があるのか。

 アデルは最後の一体になっても逃亡する例はなかったはずだが…。

 考えても仕方ないので、今は降下するアデルの対策を考えなければならない。

 艦船なしの一体のみとはいえ、この星の人々にとってアデルは脅威だ。

 こちらの活動範囲外に潜伏でもされたら厄介なことこの上ない。



 アデルは大気圏に突入後、人の多いところを狙う習性から、そのまま一番近い城塞都市リーベルを狙うだろう。

 旗艦からの一斉射撃を行おうにも射線軸上にリーベルの街があり実行すればかなりの被害がでる。

 一瞬、このリーベルの街とその周辺の被害を考えずに主砲でアデルを焼き尽くした場合の損失を頭の中でシミュレートするが、鉱山から採れる鉱物資源の供給源を失うのは避けたい。

 ただそれよりも、短い期間だが今までのこの街での出来事が脳裏をよぎる。

 テッドとの出会いやネリー、ゴルドー伯爵やヒルデにアルテ、初見で信用してくれたシャル等の顔を思い浮かべると、あるいは住人から受ける親愛の情を考えると被害を出してまで攻撃するというという選択肢はなかった。

 あとから考えると射撃線上に俺も含まれるのでシエナからの砲撃許可はおりなかったと思うが、その時はそこまで頭が回っていなかった。



 祝賀会の会場にいながらも、突然無言になった俺を不審そうに伺いながらもみんなは話しかけてこない。

 それだけ俺の表情がこわばっていたのだろうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

(どうにかしなければ・・・俺が迎え撃つしかないな!)


 その時シエナが脳内に直接連絡をよこす。


『このままエネミーの降下を許すと地上に甚大な被害を及ぼすと推測します。旗艦による追撃ができない以上、私が単独で大気圏を降下し、追撃戦に移行するのが最善と判断します』


『まて!単独って、生身で大気圏に突入するつもりか!?』


『生身ではありません。私のボディは【ネイン】からなるナノフレームにより強化されていますし、フレームアーマーもあります。フレームアーマーなしのカタログスペックでも耐えられる仕様です。さすがに交戦しながらとなりますので無傷とはならないでしょうが、降下後すぐに追撃戦に移行しても問題ありません』


 そういう問題ではない。カタログスペックで大気圏降下に耐えられる仕様の生体ユニットなど聞いたこともないが、今はそれはいい。


 作戦にイレギュラーはつきものだ。

 いくら成功確率が高いとシエナが判断したとはいえ、敵にも隠し玉の一つや二つあるだろう。

 シエナもそれはわかっての発言だろうが、何より心配だ。

 ここでシエナを失うことはできない。

 彼女のような統括AIは唯一無二である。

 

 俺が返事をしあぐねているとさらにシエナは諭すように続けた。


『大丈夫です。アクシデントの確率は限りなく低確率です、旗艦内のバイオプラント内にバックアップもとってあります。時間はかかりますが私のような生体AIの育成も可能です。成長すれば性能に問題はありませんし、代替としても問題ありません。それにマリーもいます』


 どうにも彼女は俺のことは守ろうとするクセに、対して自分の価値を低くみている節があるというか、作戦の遂行に問題がなければ、万が一自身が滅失しても仕方ないくらいに考えているように思う。

 シエナの場合生体ユニットがなくなっても、マザーフレームが無事なら致命傷ではないし、他の生体ユニットやアンドロイド躯体を用意すればまた自由に動けるようになる。

 しかし、俺はこれまでのやり取りから、AIに対して一つの仮説を考えるようになっていた。

 その考察のためにも・・・というより単純にシエナの身が心配だった。



『しばらくの間の統括についてはマリーに任せます、彼女ならスペック的にも問題ありません』


(シエナはこのまま追撃を開始する気だ)


 そう思うと俺は自然とベンチから立ち上がり、速足でホールからバルコニーへ出る。

 そしてバルコニーから飛び降り、走って会場から少し離れたところで立ち止まり、脳内で再生されている追撃の様子に再び気を向ける。


「ラーズさま、どうされたのですかっ!?」

 そう言ってヒルデが追いかけようとするが、バルコニーから飛び降りるわけにもいかず、一旦室内に戻り階段を下りて、追いかけてくる。

 他の皆も追いかけてきていたが、俺が右手でこれ以上前に出ないように無言で制止する。

(降下の地点次第では俺が迎え撃つ!)


 俺が通信に気を取られているうちに会場が騒がしくなりはじめた。

 どうやら先ほど撃沈した敵艦の無数の破片が大気圏に落下し、一面の流れ星のように闇夜を照らし出していた。


 無数に降り注ぐ光に民衆は、

「なにがおこっているんだ!」

「この世の終わりだぁ!」

 などと、会場の内も外も大騒ぎになっていたが、一部の貴族の面々や、テッド、シャルなどは唖然としながらも事態の成り行きを見守っているようだった。


 そのとき状況を把握している旗艦のマリーからも通信が入る。

『突入ポイントを考えると、この惑星の住人に目撃されるのはほぼ確定なのだわ。さらに言えばそちらの会場からも目視で確認できるのだわ。あまりこのタイミングでこちらの存在を惑星の住人に知られるのはどうかと思うけど、その対応については本作戦終了後に考えるのだわ。まずはこのエネミーの対応が第一なのだわ!』

 旗艦の防衛に成功したマリーは、今後の惑星への影響に意識がシフトしているようだ。


 シエナが続ける。

『エネミーが降下を開始しました。時間的猶予を考えるともう降下に入らなければなりません。・・・敵の増援は今のところ無いとみていいと思いますが、このままエネミーに身を隠されると厄介です。こちらのサーチ範囲が限定されている以上、ここでの敵の殲滅は今後の計画遂行上必須です。これよりフレームアーマーに換装。単独による追撃戦を開始します』


 そう言ってシエナからの通信は切れた。

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