第39話 昼間の酒

 トラン・ファーラム大司祭との会談の翌日、彼はディアナ正教国に会談の内容をそのまま伝えると約束し、帰国していった。

 

 エリザの戴冠式については未定だが、そう遠くないうちに実現するだろう。

 その間少し時間が空くことになるので、俺は一旦、城塞都市リーベルに戻ろうと考えていた。

 そもそも俺がいなくとも、戴冠式は問題ない。

 もちろんドローンはおいて、警護はするつもりだが、テレサがいるのでそのあたりの心配はあまりしていない。


 俺がリーベルへ戻ろうとする理由は、ゴルドー男爵から早く戻ってこいという手紙が届いたからだ。

 約束していた祝賀会の件だろう。

 冒険者ギルドのランクアップの件もほったらかしだ。


 それに久々にテッドやネリーの顔も見たい。

 よし、それでは一旦リーベルに戻ることを伝えてくるか。



「もう戻られるのですか?戴冠式まではいていただけると思ったのに」

 そうエリザが悲しそうな顔をしている。

「ゴルドー男爵との約束があるのです。あ、もう伯爵か」


「大司祭様が正教国に戻るまでにはまだ時間がかかるので仕方ありませんね」

「申し訳ありません。ですがドローンは置いていきますので、いつでも連絡は取れますよ」

「それなら、我慢します。戴冠式の日程が決まればお知らせしますので、戻ってきてくださいね」

「わかりました」


 俺は、エリザの横にいるテレサに、

「協力してほしいというお願いの件だが、急なことなのでまたこっちに戻った時にでもお願いするよ」

「わかったわ。私で良ければいつでもいいわよ」

 と言って簡単に挨拶をすませ、リーベルへ戻る支度をする。


 と言っても、もう馬で移動するわけではない。

 目立つので夜まで待つが、大型ドローンスカイキャリーの改造版で移動する。

 従来救急搬送用であったが、人の輸送目的のために医療設備をとっぱらったものだ。

 といっても、大きさが変わったわけでもないので、定員は二人だ。


 そして夜をまち、エルヘイム王都から城塞都市リーベルまで大型ドローンスカイキャリー改で移動したのであった。


 その日の夜は、とりあえず例の安宿に泊まることにした。

 そして翌朝。

 いつもの黒パンセットを平らげた俺は、ゴルドー伯爵の館に向かった。


 館の迎賓室に通され、ソファに座って待っていると「おぉ久々だなラーズ殿。おっと今はロンフォール男爵だったかな」

「やめてください。今まで通りでお願いします」

 そんな挨拶を交わしてお互い腰掛ける。

「ゴルドー男爵は伯爵への陞爵、おめでとうございます」

「それこそありえん話だ。早馬で知らせてきたときはたまげた。しかし後々他領も治めよとは、エリザ王女も無茶を言う」

「王女の味方の貴族は多くありませんからね。ゴルドー伯爵には期待していますって、王女からの伝言です」

「まぁ、エリザ王女の状況には同情するがの。身分にあった分は働かんとな。だがこれ以上の領地拡大はごめん被る。忙しくていかん」

 そう言って茶をすする。


「それより、前々から言ってあった祝賀会をするぞい。ラーズ殿の冒険者ギルドランクも一気にBランクだぞ」

「おお。いきなり上がりましたね」

「ひとごとみたいに言うでない。それ以上でもワシはいいと思うのだがの。ギルド的には一気に上げるのは中々難しいらしい」

「十分ですよ。ランクが目的というわけでもないので」

「謙虚だの。まぁリーベルだけに留まらず、エルヘイム中のはやり病を毒と看破し、解毒薬を作って国を救ったのだからの。それだけで一足飛びでCランクだったみたいだが、ワシの領主権限で更にひとランク上げておいたわい」

 と言ってカラカラ笑う。


(冒険者ギルドは国を跨いだ組織なのに、そんな根回しができるとは)


『ゴルドー伯爵と冒険者ギルドは協力関係にあるようです。リーベルの規模が大きいのと、伯爵が定期的に献金しているのも大きいようです。他にもリーベルと冒険者ギルドとで独自に協定を結んでいるようです』


(なるほど。それでいきなりBランクか)


「それで祝賀会だが、3日後にやるぞぃ。場所も押さえておる」


「ありがとうございます。楽しみにしてます」

(思ったより早くて助かる。まだエルヘイムの反王女貴族の対応も残ってるしな。そのあたりはゴルドー伯爵もわかってるか)


「では3日後にの。そうそう、今は留守にしとるが、娘たちも気合いいれておったから頼むぞい」


「あ、はい」


 そんなやりとりを終えて、領主館を後にする。

 次は道すがら冒険者ギルドに寄ることにした。


 久々(と言っても1ヶ月ちょっとだが)に街を歩くと、普段通りの喧騒が聞こえてくる。一般の人は祝賀会の会場には入れないが、周りで騒ぐ分には問題ないらしく、民衆もちょっとしたお祭り騒ぎになるだろうと伯爵は言っていた。

 それもあってか、何やらイベントを企画している店も多く、いつもよりちょっと騒がしい気もする。


 祝い事があると、それに合わせて街の人も一緒に盛り上がるそうだ。

 娯楽が少ない中で、祭り事や祝い事はいい息抜きになるらしい。


 そんな街を歩きながら、

(ずっと宿に泊まるのもなんだし、拠点を構えてもいいかもしれないな。元ホーチ王国を占領したにしても、エルヘイムの拠点も必要だろうし)

 と考えている内に冒険者ギルドに着いた。


 ドアを開けると、いつも通り視線が集まる。

 しかし、そのあとはいつもと違っていた。

「ラーズさんじゃないか!よく帰ってきたな」

「ラーズさんおかえり!みんな待ってましたよ」

 などと出迎えられた。

 いつもとの違いにびっくりして

「あ、あぁただいま。いつもこんな感じだっけ?」と言うと、


「何言ってるんだい。街の救世主が、いや国の英雄か!」

「私もラーズさんの薬で助かったんですよ。本当にありがとうございました!」

「俺のかあちゃんも助かったんだ!恩にきるぜ・・・」

 と言って泣き出すヤツもいる。


 そういうことか、と思いながらもやっぱり見知った顔が救われたのなら良かった。


 騒ぎを聞きつけてまたネリーがひょこっと顔をだす。


「やぁネリー。色々迷惑かけてるね」

「ほんとですよ!今度ご飯奢ってもらいますからね」

 と言って笑っている。


「それくらいなら安いもんだ。約束だ」

 というと、なぜかびっくりしたように、伏目がちに俺を窺う。


「いいんですか?」

 そう聞いてきたので、


「え?うん。いいよ」

 と返すと、


「じゃあ今度絶対ですよ!」

 と言って微笑みながら仕事に戻っていった。


 じゃあ次はテッドに顔を見せようと、入口へ向かおうとしたその時、


「その気がないならあんまり振り回してやるなよ?」

 とテッドがからかうように声をかけてきた。


「ギルドに来てたのか?今から城門へ顔を出そうとしてたんだ」

「一応出世したから今は城門にいることは少ねぇぞ」

「そうだったな!出世おめでとう」

「お前さんに言われても嬉しくねぇ」

 と言いながらも、顔は上機嫌だった。


「さては昼間っから飲んでるな?」

「みんなが働いているときに飲む酒こそが極上なんだよな」


 そう言ってテッドにつかまり、俺も昼から飲む羽目になった。

 まぁたまにはいいか。






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