第38話 頭を冷やそう

 トランが教会としてどう協力すべきかを聞いたところ、


「私の女王戴冠式をお願いしたく思います」

 とエリザ王女は答えた。


(ふむ、なるほど。確かに各国の代替わりの際の戴冠式はディアナ正教会の威光を示す機会だ。ないがしろにはできない)


「それについては前向きなお返事ができることと思いますよ。しかし、それだけでは教会の上層部が納得しないでしょう。私個人としてはエルヘイム王国側に全面的に協力すべきだとは思っております。しかし上層部は頭も固い、納得させる材料がもうひとつ欲しいところではありますね」

 トランは本音をぶつけてみることにする。


「そうですか」

 そう言って、エリザ王女がロンフォール卿を見る。

 卿は無言でうなずき、王女が発言する。


「時にファーラム大司祭様。ホーチ王国の占領作戦を開始してから完了するまで、どれくらい時間がかかったかご存じですか?」


(ん?急になんだ。質問の意図が読めないが・・・)


「そうですね。専門外なので素人予想になりますが。ホーチ王国の侵攻自体が宣戦布告もなしに行われていたことですし、反撃に転ずるまでは相当時間がかかると思います。その状態からですと早くても2・3週間くらいはかかるのではないでしょうか」


「答えは1時間です」

「は?1時間?」

「そうです。前もって準備はしましたが、作戦開始の合図をして、ホーチ王族と主要貴族を捕らえるのにかかった時間は1時間でした」

「そ、そんなことがあるわけが」


「信じられないようなことを言っているのは私もわかっております。しかし真実です。これを信じていただかないことには前に進みません。さらに」


「さらに?」


「その作戦を行ったのはロンフォール卿一人だけです」


「なんですとっ!1人で、1時間でホーチ王国を制圧したというのですか?そんな荒唐無稽な話が」


「本当のお話です。現にエルヘイム王都には、そこに投入するだけの兵も余裕もありませんでした。それは今も同じです」


「か、仮にっ!私が信じたとしても荒唐無稽なことに違いはない。本国の上層部を納得させられるとは思えません!」

(もし本当にそれをやってのけたのならば、それは神の御業と思われても仕方のないものだ。それを教会が認めるはずがない!)


「納得してもらう必要はないと思います」


「え?」


「大司祭様はここで起こった出来事と今お話ししたことを教会へそのままお伝えいただければ、それで結構です。今は信じなくとも、いずれ信じざるを得ないときが来ます」


(嘘をついているような態度ではない。家族を殺されて狂ってしまったかとも考えたが、そんな様子でもない)

トランは背中に薄寒い空気を感じる。



「・・・わかりました。本国にはそのようにお伝えしましょう」


「ありがとうございます。戴冠式の件、よろしくお願いいたします」


「ええ。それについてはお任せください」

(それにもしその話が本当なら、教会など無視をしたところで、何の問題にもならないではないか。そんな力の前には、教会の威光など霞のようなものだ)


「ところで、今日集まっておられるエルヘイムの貴族が少ないように思ったのですが、何かあったのですか?」

 トランは、さっきまでの話題より無難な話だろうと思って、単純に思ったことを聞いてみた。


「エルヘイム国内の貴族については、今回の戦に先だっての王の招集に応じなかった者が多かったのです。彼らについてはすべて粛清し、領主についても交代させる予定です」


 とんでもないことを聞いてしまったと、トランはさっそく後悔した。


「しかし、それでは内政がガタガタになるのでは?」

「問題ありません。現に今のホーチ王国の統治は問題が起きておりません」


(これは?!そうか。やはりそうか。この青年・・・ロンフォール卿だな!彼の所業があまりにも神がかっているために、エルヘイムもそれに全幅の信頼を置いているのだ。しかしそれでは・・・)


「ロンフォール卿。ホーチの統治と同じように、エルヘイム国内もそうするおつもりか?」


 そこでこの部屋に入って初めてロンフォール卿が話し始める。


「いいえ。エルヘイム国内の統治はあくまでエリザ王女が行います。しかし国内、特に王都が荒らされている状況ですので、王女の意に沿ったはさせていただくつもりです」


「しかし、卿おひとりでは手が足りないのではないですか?」

(そもそもホーチ国内を一人で統治しているのもあり得ない話だが)


「俺一人ではありません。俺より優秀な者が2名おりますので彼女らにも手伝ってもらいます」


「2人だけ?しかも卿よりも優秀って、ご冗談を・・・」


「冗談ではないのですが」

 そう言って苦笑する。


「・・・」

(ロンフォール卿も嘘をついている様子ではない!となれば気が狂っているか頭のネジが外れているかしかないが、彼には実績がある・・・あぁ、こちらの頭がおかしくなりそうだ!)


「彼女らには遠隔で支援をしてもらっております。ですのでこの地で実際に行動するのは俺だけということになりますね」


(遠隔?それはもう神では?あぁもうだめだ。夜風にあたって一旦頭を整理しよう)


「私たちも、そのお二人には会ったことがないのです。いつか会わせてくださいね。ラーズ様」


「大司祭様の前で、自国の男爵を様付けで呼ぶのはお控えください、エリザ様」


 置物だったフリード侯爵が初めてしゃべった・・・そんなどうでもいいことを考えながらトランはフラフラと退出するのであった。

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