第36話 断罪と教会
「ロンフォール卿?」
各国の大使が聞いたことのない名前にざわつく。
ディアナ教大司祭トランは、
(聞いたことのない名前だが、十中八九王女の横に控えるあの青年だな。あとで説明はあるのだろうか)
と考える。
「次に、我が国の無抵抗の民を蹂躙し凌辱、惨殺したことです。これについては、ホーチ軍が侵攻中、立ち寄った町や村すべてで行われており、被害は甚大。さらにホーチ国内にあっても、自国の民にもかかわらず同様の被害が出ていることを確認しております」
フリード侯爵は続ける。
「この件は、ホーチ国王と貴族がそれを主導しておりました。
実行役であるホーチ王太子エリック・ルッド・ホーチにつきましては、我が国、王女の親衛隊長である『閃剣』テレサ・クレスト・バルドニア卿が、エリック王太子が引き連れた1万の兵とともにすべて処刑しております」
「1万の兵だと?!」
「本物の化け物じゃないかっ」
「そんな話が・・・本当か」
各国大使たちがざわつく中、『閃剣』を知る者が「彼女ならやれるだろう」と呟いたのを聞いて、次第に落ち着きを取り戻す。
そんな化け物を抱えていたエルヘイムがなぜ他国に侵攻しなかったのか、という当たり前の疑問を各々考えていたわけだが、応えは簡単で、彼女が『王女の親衛隊』だからである。
加えて、歴代のエルヘイム王が他国を侵略する意思を持たず、先代もエリザを守るためにテレサを親衛隊長へと抜擢した。
これが、侵攻部隊への抜擢であったなら、各国は今頃エルヘイムの支配下にあったかもしれない。とはいえ、そもそもエルヘイムに侵攻部隊は存在しないのだが。
それに、当のテレサ自身も他国のことに興味がなく、エリザを守れるならばそれでいいという気質だったことから、各国の国境線は現状を保っていられたのである。
「よって、ホーチ王国国王グスタブ・ルード・ホーチ及び、この場にいるホーチ貴族については、全員処刑とします」
「うむ」
「エルヘイム王族はエリザ姫以外全員殺されておるわけだし」
「それよりもホーチ国内の統治はいったいどうなっておるのだ」
会場の興味が次の話題に移ろうとしたその時。
「王族の処刑については、神の御心を窺うべきです。ディアナ教大司祭として一度本国へ持ち帰らせて頂けませんか?」
胸に手を当てて、一歩前へ出たトランがエリザに向かって献策を述べる。
トランとしては、この裁定に文句はなかった。
しかし、自分はディアナ正教国大司祭である。
正教国はその信者の多さから、各国に少なからずの影響を与えるもので、特に王族や大貴族のもめごとの仲裁など、争いにおいてその存在感を発揮してきた。
今回は2国間の争いではあるが、2国とも国教はディアナ教である。
口を挟めるならここしかない。
結局、問題を持ち帰ったところで決めるのは教会の上層部である。
それがわかっていながらも、自分の立場をわきまえたからこそ、発言する必要があった。
トラン個人は家族を一度に失ったエリザに同情しているので、できれば黙っていたかったのだが、こればかりは仕事と割り切る。
教会の力は絶大だ。エルヘイムとしても、教会に一旦預ける形の方が、周辺国も納得しやすいだろう。
教会が口を出さないのであれば、先ほどの裁定で問題なかっただろうが、口を出されれば配慮するしかあるまい。
会場はそういった空気につつまれ、エリザの返答を待つ。
すると、玉座の壇上に立っていたエリザが一歩前へ出たので、会場は静まり返る。
皆、エリザの言葉を聞き逃さないようにしていた。
「それは許しません。この者たちは処刑とします」
静かに、しかしはっきりと前を見つめてその言葉を口にする。
「人が人を裁くのはおこがましいことかもしれません。しかし、被害ははっきりしています。それにこれは我が国の問題で、決定事項です。何者にも邪魔はさせません」
そういったそばから、ホーチ王国の面々をエルヘイム兵が連行していく。
今までの柔和な雰囲気のエリザとは違う、覚悟を決めたような凛とした姿に、会場は一瞬言葉を失う。
「え・・・・あ、いや、しかしそれでは!」
トランとしてはことを荒立てるつもりは全くなかった。
しかし今の発現は下手をすればディアナ正教国や教会のある各国をも敵に回してしまうかもしれない発言だ。
なんとか落としどころをつけたいトランだが、王女は取り付く島もない様子だ。
更に、
「他にも決定している事項がいくつかあります。今からお話しします事柄については、我が国エルヘイム王国と、ラクテ銀河帝国との間に正式に決定しているものです。何人たりともこれを侵すことはまかりなりません」
強い言葉だった。
(他にもっと言い方がある。それだけでも印象が違うだろうにどうして?)
トランが考えるも、さらにエリザは言葉を紡ぐ。
「ですが、我が国はディアナ教を国教としておりますし、教会との不和を望んでいるわけではありません。トラン大司祭様については、後ほど個別にご対応いただけると助かります」
(!!・・・よかった。これでなんとか教会のメンツも保てるだろう。個別対応がどんなものであろうとも、それが他にもれないのならばやりようがある。それにしても・・・)
「ラクテ銀河帝国?」
「聞いたことのない国名だが」
会場の大使たちが再びざわつき出した。
「それについては順を追って説明いたします。まず、皆さまにご紹介しなければならない方がおります。前へ・・・」
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