第32話 ホーチ王国の戦況
◇◇◇◇◇◇◇
ホーチ王国国王。
グスタブ・ルッド・ホーチは玉座に座りながら口角泡を飛ばして叫ぶ。
「ダビデは何をしておる!奴に任せたエルヘイム侵攻はどうなっておるのだ」
家臣からの連絡が一向にないことにしびれを切らせ、大臣にあたる。
「一時はあの『閃剣のテレサ』を破り、エルヘイム王と王妃、それから王太子も討ち取ったとの報告がありましたが、それ以降の連絡がありません」
「その話は何度も聞いておるわ!その後の話をせい!」
伝令兵が大臣に耳打ちし、大臣は青ざめた顔をする。
「た、ただいまエルヘイム侵攻の各地から、我が軍は撤退。エルヘイムとの国境まで追いやられたという報告が・・・」
「何故だ!?エルヘイム各地に毒を仕込み、弱っている間に攻めれば簡単に攻略できると言ったのではなかったか?エリックよ」
そう名指しされたのは、ホーチ王国王太子のエリック・ルッド・ホーチである。
「その通りです父上。その報告が間違っているのでは?私は何年もかけて、エルヘイムに定期的に毒を仕込み、病に見せかけてその効果を確認してきました。最大の効果が出るタイミングで宣戦布告もせずに侵攻したのです。穴などあるはずがありません!」
「しかし現に、国境沿いでは、得体のしれない空を飛ぶものに阻まれそれ以上は進めなくなっているとのことです。現地では【使者】と呼ばれているとか」
「馬鹿馬鹿しい!そんなものは世迷い話だ。現場の兵が適当なことを言って侵攻の遅れをごまかそうとしているのだ。私が直接出向いて粛清してやる」
「エリックよ。事の真偽を確かめてこい!それから城に残った軍も連れていけ!」
グスタブがそう命じる。
「お、お待ちください。それでは王都の防衛がっ」
軍幹部がそう訴えるも、グスタブは眉根を寄せて
「お前らが使えんからわしが指揮をするのだろうが!この無能めが」
そう言われた軍幹部は、両手を握りしめ下がる。
「そうだ。お前はこの失態が確認できれば責任を取ってもらうぞ」
軍幹部の顔が青ざめる。責任・・・グスタブが言うそれはすなわち拷問ののちに処刑を意味していた。そこに司法機能など存在しない。王の言うことは絶対であった。
「そ、そんな!お待ちを!陛下」
「そこの無能を牢にぶち込んでおけ!」
軍幹部はそうやって連行されていった。
その様子を他のホーチ貴族たちはニヤニヤしながら眺めている。
「では父上。さっそく出立しようと思います」
「うむ。思う存分蹂躙してこい!」
そう言って意気揚々と出陣したエリックは考えていた。
(エルヘイムは毒によってかなり疲弊しているはず。毒とも知らずに馬鹿な奴らよ。しかし奴らとて必死のはず、一時的に国境まで押し戻されるくらいはあるやもしれん。しかしエルヘイム王都へ進行した軍の数は3万、ダビデ将軍が率いる追撃の兵が1万、この数で平和ボケしてさらに毒に侵されているエルヘイム王都を落とせないはずがない。北へ上がれば城塞都市リーベルが厄介だが、こちらは入念に毒を巻いた)
エリックは確信をもって率いる兵を煽る。
「エルヘイムがホーチ王国が誇る軍の侵攻に耐えられるわけがない!エルヘイム王都を一気に攻め落とすぞ!」
そうやって兵を鼓舞する。
エリックはエルヘイムとの国境を確認した後、そのままエルヘイム王都に侵攻するつもりだった。
(しかしこいつらも馬鹿ばっかりだ。兵站に狂人化する薬を盛られるとも知らずに)
ホーチ王家はこの薬を自国の兵に使い、反抗できないようにしていた。
攻撃性が増す分、思考が鈍化し、命令に逆らえないようにしていた。
兵站を担う兵については、その家族を捕らえ、無理やり言うことをきかせている。
ホーチ王国らしいやり方であった。
数日後、エリックの率いる1万の軍は、自国の民の村を略奪しながらホーチ王国の東端、エルヘイム王国との国境沿いにたどり着いた。
すると軍の先鋒方向がなにやらあわただしくなる。
「なんだ?噂の空飛ぶ使者でもでたのか」
鼻で笑いながら副官に確認する。
「はっ。そのとおりです。軍の先発部隊が空飛ぶ使者の放つ怪しい光に殲滅されたとの報告がありました。どうやら敵軍に大魔法使いがいるようです」
「大魔法使いだと?!そいつが使者とやらを操っているのか。よし、そいつを討ち取れば褒美は思うままだぞ!そのまま進軍せよ!」
しかし、国境沿いにはホーチ王国兵の死体の山ができていた。
誇大表現ではなく、実際に死体が山のように積み上げられていた。
エリックの本体が国境沿いにたどり着いたときには、その山が膨大な数になっており、自国の兵が全滅しているのは火を見るより明らかだった。
「なっ。なんだこれは!なんだこれはっ!」
そう叫ぶエリックに話しかける声があった。
「フフ。自国の兵もわからないのかしら」
「なんだと!」
エリックが声のする方向を見るとそこには、美しい女騎士が一人で佇んでいた。
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