第24話 魔王の片鱗

 俺は、東へ走りやがて森の中に入る。

 そこかしこにホーチ王国の兵が倒れている。

 シエナの誘導により、騎士がいる場所へと急ぐ。

 そこには、ぼろぼろの姿になった、金髪の女騎士が立ち尽くしていた。


「一人で全滅させたのか?1万近くいたはずだぞ?」

 思った疑問が口に出ていた。


 女騎士は、ゆっくりこちらに向き直る。

 その姿は、確かに鎧や剣はぼろぼろだったが、騎士本人は傷一つ負っているように見えない。

 矢がささった跡があるので、そんなことはないのだろうが、しかし本人の纏う雰囲気というか、何かがそう感じさせる。


「フフ、まだいたのね。私はエリザのために戦うわ。あなたは何のために?」

 微笑みを絶やさずに紡ぐ言葉に俺は見とれてしまっていた。

 女騎士は長剣を構える。


(まずい。敵と勘違いされている)


 そう思った矢先、女騎士の剣先が自分の目の前をかすめる。


「あら、今のをかわすのね」


 女騎士は微笑みながら攻撃を続ける。


(なんだこの速さは?航宙兵より早いんじゃないのか)


 女騎士は、やむことなく何百という斬撃を放つ。

 俺は避けるのが手一杯だ。


『シエナ。こいつはなんだ⁈およそ人間の速さじゃないぞ』

『それを避ける艦長も同類だと思います』

『冗談言ってる場合か!』


『ログの確認結果を総合すると、この女騎士はエルヘイム最強の騎士『閃剣のテレサ』に間違いありません』

『こいつが!』

「剣を収めろ!俺は味方だ」


「あら、今度はそういう作戦かしら、あなたも大変ね」

 テレサの斬撃をブレードで受ける。

 どうやら、一旦相手をしないと止まらない気がした。

「このっ」


 俺はナノブレードをテレサに向けて振るう。

 テレサは涼しい顔をしたまま避ける。

 俺は離れた位置からナノブレードで斬撃を飛ばす。

 テレサは長剣を構えていたが、斬撃が長剣に届く前に避ける。


「今のを避けるのか⁈」

 それならば、と俺はテレサとつばぜり合いに持ち込み、力でねじ伏せることにした。

 俺は力で抑えこもうとするが、テレサはうまく力を受け流す。

「力みすぎよ」

 そうテレサが言い、回し蹴りを放つ。


 俺はそれをブレードの腹で何とか受けるが勢いで吹っ飛ばされる。

 体勢を立て直し、再度テレサの剣とブレードを交えた瞬間。


「ビッ」

 俺の護衛についていたドローンがテレサを目掛けてビームを放つが、テレサはそれも避ける。

 しかし、絶妙なタイミングで別のドローンがテレサの長剣にビームを放ち、やっと長剣を跳ね飛ばす。


「あっ」

 テレサはそう言って視線を一瞬ドローンへ向ける。

 その瞬間を見逃さず、俺はテレサを組み伏せる。

「あら、情熱的なのね」


 そこまで近づいて、俺はようやくテレサの顔が紅潮していることに気付く。

 強がってはいたが、テレサはそこでこと切れるように意識がなくなった。

『スキャンの結果、テレサの体内から毒が検知されました。速やかに解毒剤の処方をしてください』


(はっ⁈毒に侵されながらこれだけ戦ったのか?しかも1万の兵を倒したあとに)


 俺はこの女騎士に底知れないものを感じ背筋が寒くなる。


(毒がなかったらどんだけ強いんだよ・・・)


 そう思いながら、気を失ったテレサを抱え、木陰まで運ぶ。

 なんとかテレサを止められたのでほっとしたが、正直最後まで一対一で戦ってみたかったという気持ちもある。


 体調が戻ったら手合わせしてもらおう、と考えながら、解毒剤を飲ませる。

 たちまちテレサの毒はひいたのだろう、顔色が戻ってきた。

 

(しかし、快復も早いな)


 そう思っているとテレサが目を開け、ぱちくりさせている。

「あら、身体が楽・・・まさか解毒薬?」

 そう言って、俺の方を見る。


「そうだ、解毒剤だ。調子は良くなったか?」

 よくなって襲い掛かられたらたまらない・・・などと考えていると、

「私になんか使わずに、エリザに・・・」

「まだ、解毒剤はある。他にも毒にかかった人がいるのか?」


 テレサは病み上がりだというのにすぐ立ち上がり、

「こっち」

 と言って、俺を木のふもとに案内する。

 すると、そこには灰色の髪をした身なりの良い女性が横たわっていた。


「もしかして、この人」

「そうね。エルヘイム王国王女、エリザ・クレスト・エルヘイムよ」

 とりあえずかなり衰弱している様子だ。

 俺は急いで、エリザに解毒剤をのませた。


 何とか間に合ったのだろう、解毒剤を飲ませてから少し顔色が良くなった。

 テレサが俺の横にしゃがみこんで、


「ありがとう。助かったわ。私も敵と味方を間違えるなんて、焦っていたみたいね」

「いや、わかってくれればいいよ」

「でもあなた、自分で言うのもなんだけど、私とやりあえるなんて、とても強いのね」


「正直びっくりしたぞ。こんなに強い人がこの星にいるなんて」

「この星・・・」

 テレサは立ち上がると、

「そう、あなた・・・」


 何か言ったようだが、聞き取れなかった。

 テレサはこちらに向きなおり、

「本当に助かったわ。エリザが死んだらどうしようかと思ってた。でもこの様子だともう安心ね。あなた、名前は?」

「俺はラーズだ。薬はちゃんと効いているようだから、少しすれば目を覚ますと思う」

「あなたは味方みたいだけど、どこから来たの?」


「ゴルドー男爵領からだ。男爵も援軍を向かわせてくれている」

「なるほど。男爵の」

「実はエルヘイム王都へホーチ王国の侵攻が始まっている」

「それは滞在していた町で襲われたから知っているわ」


(それで二人だけだったのか)


「迷惑ついでに一つお願いしていいかしら?」

「何かな」

「私はこのまま先んじてエルヘイム王都へ向かって敵と戦う。間に合わないかもしれないけど、私がいかないよりはマシだと思うから」

「君も病み上がりだぞ?それに王女はどうする?」


「私は正直、エリザが助かればそれでいい。だけどこの子が目を覚まして、王都が陥落していたら、悲しむと思うから・・・やれることはやっておきたいの」

 そう言ってテレサは、長剣を手にする。

 しかしもう剣はボロボロだ。


「これを使え」

 俺は自分の使っていたナノブレードを渡す。

「いいの?あなたの武器がなくなっちゃうけど」

「俺は予備がもう一本あるから大丈夫だ」

 テレサは、ブレードをまじまじ見つめながら、

「これ、ものすごい剣ね。この世界の物じゃないみたい」


 一瞬ドキッとするが、俺は平静を装う。

「まずブレードの柄を握ってくれないか」

 ナノブレードは本人認証しないと100%の力を出せない。

 テレサに渡すときに俺の認証は解除しておいた。

 テレサが次に持つことで、持ち主と認識される。


「オッケーだ。これでブレードの力がちゃんと使えるぞ」

「助かるわ。できればもう少し長さが欲しいけど」

 と言って微笑み王都の方向へ向く。


「エリザのことをお願いね。本当は男爵領へでも行って前線に来ないようにしてほしいけど、たぶん無理ね。王都へ行くと言うと思うから、あなたが守ってあげてほしい」

「・・・・・」

 俺がどうしたものかと考えていたところ、

「お願い。無事だったら、あなたの言うことを聞いてあげるから」


 それなら、お互い万全の時に手合わせしてもらおうかな、と思って、

「わかった。王女を守ると約束する。無事でいろよ」

「フフ、ありがとう。それじゃあね」

 そう言ってものすごい早さで森の奥へと消えていった。

 俺は、ステルスモードのドローンから予備のブレードを取り出し、王女をみる。


(しかしここからどこへ運ぶにしろ、王女を背負っていくのもなぁ)


 そう思っていると、

『ホーチ兵の使用していた馬がそこかしこに乗り捨てられております』

『おお。いいぞ』


 移動速度は落ちるが、これで王女を連れていける。

 テレサも言っていたし、王女が意識を戻すのを待たずに王都へ出発しようか、と考えていると、

「ぅぅ」

 と声を漏らし、エリザが目を覚ました。


「ここは?」

「エルヘイム王都の東にある森の中です」

 そうするとびっくりしたように、目を瞬かせ

「あなたは?」

「ラーズと申します。エリザ王女」

 すると、エリザは周りを見渡した後、ハッとした様子で、


「テレサ!テレサはどこですか?あなた金髪の騎士を見ませんでしたか?」

「テレサとは先ほど別れました。俺はテレサからあなたを守るように言われました」

「彼女はどこに?」

「さきにエルヘイム王都へ向かうと言っていました。今王都はホーチ軍に侵攻されている最中ですから」

「な、なんですって⁈」

 俺はエリザに事の経緯を説明した。


「お願いしますラーズ様。私をエルヘイム王都まで連れて行ってくれませんか?」

「はい。俺ももともと王都へ向かうつもりでした。ですがテレサはあなたに安全なところに居てほしそうでしたが」

「王都には父や母、それに兄もいます。民のことも心配です。何よりテレサが無茶をしないか心配なのです。どうかお願いします、私も連れて行ってください」

「わかりました。ではさっそく向かいましょう」

 俺はホーチ兵の残した馬を捕まえ、エリザを自分の前に乗せて王都へ向けて出発した。


『艦長。よろしいですか?』

 シエナが話しかけてきたので頭の中で返事をする。

『ん?どうした』

『既にホーチ王国軍はエルヘイム王都へ入りました。民を蹂躙しながら、王城へ向かっております』

『まずいな。なるべく急がないと』

『ロールアウトした航空戦力を直接王都に投入します。しかしタイミングについてはおそらく艦長が王都に到着するのと同時くらいになるかと』


『なるべく急いでくれ』

『了解しました。それともうひとつ、こちらの方が懸念事項なのですが』

『なんだ?』

『先ほどの騎士、テレサについてです』

『テレサの?強さの秘密かなんかか』

『もしかしたら関係があるかもしれません』

 当てずっぽうに言ってみたがあたっていたらしい。


『魔因子の量が尋常ではありませんでした。この惑星の、少なくとも今我々が確認できている範囲では、彼女ほど膨大な魔因子を秘めるものはおりません』

『それが強さのもとなのかな?』

『それが今のところ、そうだとするデータがありませんのでわかりません。しかし無関係とも思えません』

『とりあえず、テレサの動向も見ておいてくれ』

『了解しました』


 俺はエリザを乗せてエルヘイム王都へ急いだ。

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