第19話 見送り
1週間ほど経過した。
それ以降も新たに症状が出る人がいたが、先んじて薬を配っていたことで、重症化せずに済んだ人が多かったようだ。
昨年と比べて死者も10分の1程度で済んだという。
亡くなったのは最初に症状が出て、薬が間に合わなかった人が大半だという。
それ以降の死者は、薬が効いても単純に体力が戻らず亡くなった人が少なからずいたようだ。
街を歩くと少しづつ活気が戻ってきているように見えた。
多くの人から感謝の言葉を述べられたが、中には「なぜもっと早く来てくれなかったんだ」とか、「そんな薬があるならもっと早く教えてくれよ」とか、身内を亡くした人の行き場のない怒りを受けることもあった。
その人たちの気持ちもわかる。
俺には今となっては家族もいないが、この街で知り合った人が毒に侵されていたらと思うと、家族を失った人の怒りは簡単に想像できた。
俺は、初期に毒の被害を受けた人たちが収容されていた教会を訪れた。
もう教会内で寝込んでいる人はいない。
教会の庭で子どもたちが元気に遊んでいる声が聞こえる。
すると端っこのベンチでボーッと座っている、左側だけ三つ編みにした少女、あの時に生還を果たした少女だった。
「身体はもう大丈夫かい?」
そう声をかけると、少女はゆっくりこちらを向くが、目は濁っていてそれ以上の反応はない。
まだ12、3歳の女の子だ。
家族をすべて亡くして、自分も死にかけた。
心に受けた傷を治すのにはそれなりの時間がかかるだろう。
もし自分が1年前にここに来ていたら、もしかしたらこの子の家族も助かったかもしれない。
でもそんなことを考えても、何の意味もない。
「俺がもう少し早くこのことに気付いていれば・・すまない」
せめて、少女が毒水を飲む前に気付いていたら、苦しい思いをさせなくても済んだかもしれない。
そう思って視線を落とす。
しばらくすると少女は俺の服をつかんだ。
俺が少女の顔を見つめると、少女の目には光が宿り、
「ありがとう。でもここはつらい」
と言い放った。
少女は頑張って生きようとしている。家族ももういないが、精一杯生きようとしている。
しかし、少女にとっては悲劇の場所であるこの土地はつらい。そういう意味だと思った。
「なら、――――――」
そう言って、その少女をトムに任せることにした。
少女は教会で暮らしていたみたいなので、神父と、それから男爵の許可もとった。
男爵は孤児院としての役割を教会にお願いする代わりに、多額の寄付をしているらしい。
なかなかやることが顔に似合わない。
トムはアルテを助ける際に負った傷の治療をしていたが、傷の具合も安定してきたので、そろそろコルテ村に帰るということだった。
トムからしてみれば、万が一でも、もしかしたら妻と娘が帰ってきているかもしれない、というかすかな希望もあったようだ。
トムの行動からして少女を任せても大丈夫だろうという判断で、トムの故郷のコルテ村に連れて行ってもらうことにした。
少女も、コルテ村に行くことは承諾した。とりあえずこの街から離れたいみたいだ。
「トム、この子を頼むな」
そう言うとトムは少女を見ながら、力強く頷いた。
『少女を預けることで、トムという男の精神も安定が図れるでしょう』
シエナも賛成みたいだ。
翌日、俺はテッドとネリーと一緒に、コルテ村行きの乗合馬車の見送りに来ていた。
遠目から、ヒルデとアルテも見送りに来ているのが見えた。
娘二人と挨拶を済ませたのだろう。トムに連れられて、少女が馬車に乗るのが見えた。
「別れの挨拶、しねぇのか?」
そう言うテッドに答える。
「俺の顔を見ると多分色々思い出すだろ?」
そう言うとテッドは「考えすぎだろ」と言っていたが、そのまま城門から出ていく馬車を見送った。
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