第18話 岐路

 街の門付近には、テッドが集めてくれた門兵や衛兵が20人ほど集まっていた。

 とりあえず商業ギルドで荷車を借りてきて門の外へ出る。

 鉱山方面へ少し向かったところにポッドが到着している。


「これは。みたことないものですね。いったいどこから」

 シャルが不思議そうにポッドを見つめる。

 俺は、

「俺の仲間がとりあえずここまで持ってきてくれたんだ」

 そういってポッドを開錠し、中から薬と水を取り出す。


「とりあえず俺が薬をもって街へ戻り、症状の出ている人へ配る。みんなは取り出した荷物を荷車で街まで運んでくれ」

 そう言って俺は薬を持って先に街へ戻る。


 毒の症状が出た人は、一同に教会に集められていた。

 俺が教会のドアを開けると、神父と思しき人とゴルドー男爵、それにヒルデとアルテの姿もあった。

 教会内の椅子や床にはところ狭しと毒に侵された人が寝かされている。

 老若男女関係なく、小さな子どももたくさんいる。


 俺は男爵に目配せすると、男爵は深くうなずく。

「今から薬を処方します」

 そう言って手分けして薬を飲ませていく。

 今回の薬は内服液剤で、ヒルデにあげた分と違って、医療用ナノマシンは入っていない。

 だがシエナが調合した薬の効き目は間違いなく、飲ませてすぐに苦しそうな顔がやわらいでいる。

 しかし、間に合わなかった者も多い。


 知り合いだろうか。ヒルデがアルテと同じ年くらいの女の子を抱き上げ、薬を飲ませようとするが、腕は力なく垂れ下がり、もはや動かない。


 アルテがいうには、ほんの先ほどまで息があったみたいだが、「パパ、ママ、ユーリ・・・もうすぐ会えるかなぁ」と呟いて動かなくなったという。

 昨年、同じように病が流行ったときに、この子を残して家族は皆亡くなってしまったという。


「そんな・・・そんなことって、お願い。飲んで。お願い・・・」

 そう言ってヒルデが何とか薬を飲まそうと、匙で何度もその少女の口に薬を運ぶ。

 しかし、薬は少女の口からあふれ出し、飲み込むことはなかった。

「うぅ・・・どうして・・・」

 ヒルデは目に一杯の涙をためながら、少女の髪を撫でる。

 アルテも近くで座り込んで泣いている。



 その時、少女の胸のあたりが淡く光りだした。





 ――――――――なんだ、これは?


 突然の不可思議な現象に俺は唖然とする。


『シエナ!何が起きている?原因を特定しろ』

『・・・原因は不明です。しかしヒルデから一部のナノマシンが少女に移動したのを確認しました』

『涙か?』

『はい。涙が少女の口腔に落ち、それを介してナノマシンが少女の体内に移動しました』


 そうしていると、少女がわずかに「こふっ」と咳をした。

 それを見たヒルデは、再び匙で少女の口に薬を運ぶ。

「お願い・・・飲んで」

 すると、かすかに少女の喉が動き、薬を嚥下したのがわかった。


 ほどなくして、少女の顔に赤みが戻り、か細いがしっかり息もしている。

 文字通り、息を吹き返したのだ。

 それを見たヒルデとアルテは嬉しそうに唇をかみしめて、泣きながら少女の寝顔を見つめていた。

 男爵と神父もそれを見て目頭を熱くしている。


 俺は先ほどの現象は何だったのかと考える。

『・・・・・あり得ません』

 シエナが呟く。


『この少女の生命活動は停止していました。メディカルポッド内ならともかく、あの少量のナノマシンで生命活動が再開するなど考えられません』

『そうは言うが、実際にあの子は持ち直したじゃないか』

『持ち直したのではなく、「復活した」と表現する方が適切です。あの発光現象が関係しているとみて間違いないと判断します。あの現象も通常ならありえない現象です。それに発光時に膨大なエネルギー量を算出しました』


『もしかしてヒルデが魔法を使ったのか』

『いえ、ヒルデからは何の異常も感知できませんでした。おそらくヒルデから渡ったナノマシンが少女の体内の何らかの因子と反応したと推測します』

『何らかの因子か・・・魔法の因子みたいなものか』


 まったく非科学的だが、この惑星には数は少ないとはいえ、実際に魔法を使う者がいるということだし、と考えていると

『魔法の因子・・・あながちないとも言えません。実際にこの惑星の生命は、原因不明の因子を持つ者がおります。この少女もそうです。この因子が、魔法と呼ばれるものと関係があるなら、それと反応したと考えるのが妥当かもしれません』


(妥当かもしれません・・・か。シエナがそんな曖昧な表現をするとはな)


『この因子が、魔法の元だとするなら、それは・・・『魔因子』とでも呼ぶか?』

『そう呼んで差し支えないかと。以降はこの正体不明の因子を魔因子と表現致します』

『魔因子か。俺も魔法を使えたりしないのかな』

『現時点では不明です。今回の件を除いて魔法現象を直接確認しないことには、シミュレートできません』

『ふーむ』


 この魔因子は、ヒルデやアルテからは検知できていないという。

 この少女が魔因子を体内に宿しており、それがナノマシンに反応した・・・他の魔因子を持つ者でもこの反応は起きるのだろうか、そう思案しながらも、まだ他にも薬を届けないといけないので頭を切り替える。


 教会内で生きている者全員に薬が行き渡ったのを確認した俺は、外に出た。

 教会に入れなかった者たちは、自宅などで療養しているらしい。

 そもそも毒だと気が付いていない人も多い。適切な処置方法を街中に知らせてまわった。


 街中に薬屋があるが、そこに大量の薬を持ちこんだ俺は店主に託ける。

「はやり病は井戸に毒を盛られたものだ。治療薬を置いていくので、とにかく症状のある人に配ってくれ。代金はあとで男爵が払ってくれる」

 そう言ってゴルドー男爵のサインの入った手形を渡すと、

「男爵様の手形・・・承りました!」

 そう言って、さっそく準備に取り掛かっている。

 俺は、混乱をさけるため、なるべく毒のことは伏せて配る様に言って店を出た。

 隠さない方がいいかもしれないが、今、民衆にパニックを起こされても困る。


 俺はなるべく多くの人に薬を配って歩いた。

 不審がる人もそれなりにいたが、「あとで男爵に確認しろ」というと大概はすんなり受け入れてくれた。

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