第15話 男爵と娘たち 4
30分ほどするとゴルドー男爵一行が到着する。
一応このくらいの時間に来るようにと伝えておいたのだ。
「本当に制圧しておる。信じられん!」
「ラーズ様。まるで物語の騎士様ですわ」
そんな声が聞こえてくる。
ここにいた奴らはすべて後ろ手に縛って並べておいた。
「お父さま!お姉さま!」
父と姉を見つけたアルテは二人に駆け寄る。
男爵の胸に飛び込むかと思いきや直前で立ち止まり、
「私、ラーズ・ロンフォール卿と結婚するのです」
いきなり宣言した。
二人とも一瞬沈黙して、
「何言ってるんだアルテ!お前はまだ13歳だぞ!」
「ダメですわアルテ!ラーズ様はわたくしが、ゴニョゴニョ・・・」
一斉に騒ぎ出したので一旦場を静めようと
「俺は貴族じゃないですよ」
と話題を変える。
「え?でも家名をお持ちなのに」
「わしは家名は聞いておらんぞ」
そういえば男爵とヒルデには言ってなかったな。
「ラーズ・ロンフォールです。俺の国では一般人でも家名を持つのですよ。まぁ貴族もいますが、もっと長いですね」
そう言うと、アルテが
「ではラーズ様はお仕事は何をされておられるのですか?」
「今は冒険者をやっています。といっても今日登録したところなんですが」
そう言って笑うと今度は男爵が
「今日登録したてだと、じゃあFランクなのか?」
「そうですよ」
もしかしたら先にこの話をしてたら任せてもらえなかったかも知れないと思うと、ちょっと冷や汗がでる。
「しかしひとりでこの場を制圧できる者をFランクにしておくのはもったいないな」
帰ったら検討しよう。と呟くのが聞こえた。
(あんまりまだ目立ちたくないんだけど・・・)
そう思っていると、トムと言う男が目を覚ます。
目を覚ましたトムから事情を聴くと、もともとトムはエルヘイム王国のコルテ村という小さな農村の出身で、妻と娘とともにホーチ王国に出稼ぎに行ったところ、スパイだと因縁をつけられ囚われたという。
ホーチ王国の軍人に「言うことを聞けば妻と娘は解放してやる」と脅されてしぶしぶ従っていたみたいだ。
それが約1年前の話で、本当に妻と娘は無事なのだろうかと思う日々の中で、今回の仕事を任され、仕方なく従っていたようだ。
しかしトムも、薄々ホーチ王国のやり方に気が付いており、あきらめの表情をしていた。
万が一、妻と娘が生きていても、自分が歯向かったと分かれば殺されるかもしれない。
そう言ってトムは自分がここで死んだことにしてほしいと言ってきた。
男爵と話し合ったが、とりあえずトムについては城塞都市リーベルで傷を癒し、それからコルテ村に帰らせることにしたらしい。
この後のことはシエナと相談済みであった。
まず、この襲撃作戦の前に、一人のスパイと思われる男が馬でホーチ王国方面に駆けていった。
そいつは、男爵の娘を捕らえたという密書をもっていたとシエナが確認している。
おそらくホーチ王国軍の者だろう。
ここでとらえたリーダー格の男を、男爵が尋問したところ、定期的にホーチ王国と手紙でやり取りすることになっているらしい。
その手紙を偽造すれば、男爵の領の兵が足止めされていると勘違いさせられる。
筆跡などは既にシエナが確認しているので偽造は容易だ。
その間に男爵には南進してホーチ王国に進軍する兵と、エルヘイム王都に向かう兵とを選別してもらうことにした。
「作戦はわかったが、いくらわしの領兵だとしてもさすがにホーチ王国軍と渡り合うには数が足りんぞ」
「実際に進軍はしなくていいのですよ。万が一奴らが男爵の領に入ってきたときのためです」
「では王都はどうするんだ?」
「領の兵をすべて王都に向かわせても数が違いすぎるので、あまり意味はないでしょう」
「王都が陥落するのを指をくわえて見ていろと言うのか。他の領からの加勢は期待できんぞ。今はみな腑抜けておるからの」
「そうではありません」
俺はフ―っと息を吐いて。
(目立ちたくないとか言ってる場合じゃないな)
「その話をする前に約束を果たしてもらいたいのです」
「わかった。とりあえずリーベルへ戻って、明日の朝、話をしようか」
リーベルへ戻った俺は、待ち構えていたテッドに質問攻めにあった。
「おい他の仲間って誰だよ?お前さん一人だったよなぁ、あと魔法を使えるのも初めて聞いたぞ。それからあの木箱粉々にしたやつ、あれってあの剣で切ったのか?それから鉱山の敵をマジで一人でやっつけたのか?」
とりあえずその辺はまた今度落ち着いたら説明するよ、と言って逃げてきた。
そのあとは、男爵の館に接待され、その日は久々に風呂に入れた。
「今日は是非泊ってくれ」と男爵に言われたので甘えることにしたのだ。
旗艦から降下して数日しか経っていないが、風呂は毎日入りたい。
拠点を作ったら風呂は最優先で用意しよう。
そんなことを考えながら、その日はベッドで就寝した。
同時刻、男爵の部屋で男爵と娘二人が集まっていた。
「しかし二人とも、本当に無事でよかった。何かあったらリーザに申し訳がたたん」
男爵の妻は、アルテを産んでしばらくしてから、はやり病でなくなった。
もともと体の強くなかったリーザははやり病にかかると、ほんの数日でみるみる内に衰弱し亡くなってしまった。
城塞都市リーベルは、たびたびこのようなはやり病に侵される。
病はある程度広がると鳴りを潜め、忘れたころにまた流行りだすのだ。
そうなると瞬く間に広がり、2、3日のうちに大量に死人が出る。
治療薬などは当然なく、いったいどうやってその病がやってくるのかもわからなかった。
(しかし今は、娘たちの無事を喜ぼう。とはいえ、ヒルデは毒をかがされ、アルテ
は顔を殴られておる。賊どもは許さんがな)
男爵は密かにそう思って窓の外を眺める。
「ラーズ殿には本当に世話になった。どんな褒美を用意すればいいのやら」
「何か褒美を約束されたのですか?」
アルテが質問する。
「別に具体的に何か要求されたわけではないのだが、鉱山での様子だと明日あたりほしいものを言ってきそうだの」
「お父さま。わたくし覚悟はできておりますわ。というか是非お願いしたいですわ」
「なんの覚悟だねヒルデ」
「わたくしがアルテを助けてほしいとラーズ様にお願いした時に、なんでも言うことを聞くとお伝えしましたわ。ラーズ様はとても魅力的ですが平民とおっしゃっていたので、私が嫁げばラーズ様もお喜びになると思いますわ」
「お姉さま!私も助けられたその時にラーズ様に結婚してくださいと申し出ました。私の方が先なのです」
二人は視線を外さずに臨戦態勢だ。
「やめんかお前たち!確かにラーズ殿はかなりの腕前とみた。もしかすると『閃剣のテレサ』に匹敵するやも知れん。しかし今は国の一大事だ。そんなことを明日話すはずあるまい」
そう言いながらも実際に娘二人を要求されたらどうしようと、ゴルドー男爵の心中は穏やかではない。
「そうかしら。わたくしを死の淵から助けていただいたときのあの腕の感触、笑顔。明日プロポーズされる気がいたしますわ!」
「私も囚われの小屋から救い出してくれたラーズ様のあの颯爽とした姿・・・素敵だったのです。ラーズ様も若い方がいいはずなのです!」
「アルテはまだ若すぎます!」
そう言ったやり取りを聞きながら、男爵は「ラーズ殿はわしとは全くタイプが違う・・・あぁリーザ」そう呟くのだった。
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