第13話 男爵と娘たち 2

 俺は、悲壮な男爵に声をかける。

「ヒルデ嬢を救う手段はあります。俺に任せてくれますか?」

 男爵は、眉毛をハの字にして、泣きそうな顔をしながら、

「信じる!頼むぞ!助けてくれたらどんな褒美でもやる!」

 そう言って崩れ落ちた。


 俺は寝かされているヒルデを腕に抱え、ギルドに向かう。

 横にネリーが走ってきて

「ラーズさん!どうするんですか?」

 そう聞かれたので答える。


「預けていた俺のバックパックを持ってきてくれないか?それから個室を用意してほしい」

「わかりました!」

 ネリーはそう言うと、俺を追い越して先にギルドに駆け込む。

 俺もネリーのあとに、ヒルデを抱えたまま足でギルドの扉を開ける。

 俺のあとには、ゴルドー男爵、テッド、それから男爵のお付きの者がなだれ込む。

 ギルド内は突然現れた領主の姿に唖然としながらも、みんな道を開ける。

「ラーズさん!こちらです!」

 そう言ってネリーが個室のドアから顔を出す。

 

 個室に入り、ソファにヒルデを寝かす。

 俺はネリーが持ってきてくれた自分のバックパックから一粒のカプセル剤を取り出す。

「今からヒルデ嬢を治療します。すみませんがお付きの方は部屋の外で待っていてください」

 そう言うと、男爵が

「言う通りにしろ」

 そう言って、お付きの者を下がらせる。


 部屋の中は、俺、テッド、男爵、ネリーとヒルデだけになった。

「男爵、一つお願いがあります」

「なんでもいえ」

「ここで見たことや聞いたことはしばらくは他言無用で願いたいのです。もちろんテッドとネリーもだ」

「わかった。約束する」

 男爵が言うと、テッドとネリーも横でうんうんと首を縦に振っている。


「これを今からヒルデ嬢に飲ませます。万能薬・・・みたいなものです」

「万能薬だと!」

 カプセル錠を見せると、一瞬いぶかしげな顔を見せたが、

「万能薬など、おとぎ話でしかしらん、いやドラゴンの血がそうだという噂を聞いたことがあるが・・・」


(ドラゴンなんているのか)


 とりあえずそれは置いておいて。

「だが、毒を盛られれば助かる見込みなどほとんどない。飲ませてやってくれ」


(薬と説明したはずだが、まぁ様子を見れば毒と気付くか)


 男爵の許可が下りたので、俺はヒルデの肩を右手で抱え、ネリーに用意してもらった水でカプセルをヒルデに飲ませる。

 嚥下させたほうが快復が早いので水と一緒に飲ませたが、厳しそうだ。

 嚥下するのが無理でも問題はない。とりあえず口の中に入ればいいのだ。


 このカプセルは、中に医療用ナノマシーンが入っている。

 軍用の【ネイン】とは違う種類だが、これはシエナの特別性で、体内で【ネイン】に変化させることもできる優れものだ。

 俺が使うことを想定していたので、今回はただの医療用ナノマシーンとして使用する。

 医療用ナノマシーンは体内に入ると自動で増殖し、身体の悪い部分を治療する。

 毒などの有害物質は無害化して体外に排出する。

 増殖する際に、体内の栄養を奪うので、点滴や、レアメタルの補給、それから十分な食事が必要になる。


 このナノマシーンの便利なところは、管理AIの指示に従わせることもできる、という点だ。

 今回については、シエナのお手製なので、身体を治療したあとに、ナノマシーンをすべて体外に出して証拠を隠滅することもできる。

 と言っても、この惑星の技術では体の中のナノマシーンを特定などできないだろうが。

 更には、治療が終わった後も体内に残し、必要な時に必要な情報を得ることもできるという、人権を全く無視した使い方もできる。

 自分用に開発してもらったので、他人に使うのは想定していなかった。


 カプセルを投与して数分後、みな同じ体勢で静かにしている。

 すると、

「う・・・・ん?」

 と声をあげてその瞳をゆっくりと開ける。


「ここは・・・お父様?」

 横目で男爵が見えたのだろう。

 男爵は涙目になりながら

「おおお!ヒルデ・・・よかった。本当に」

 と再び崩れ落ちた。


 ヒルデは正面に向き直り俺と目が合うと、みるみる顔を真っ赤にして

「あ、あ、あ・・・あなたはどなたですか?私が誰かご存じですのっ?」

 そう言って、両手で顔を隠してしまった。

 薬を飲ませた体勢のままだったので、右手でヒルデの肩を抱えたままだ。確かに至近距離ではある。


「ヒルデ嬢。ご気分はいかがですか?」

「悪くはない・・・ですわ」

 顔を隠したままでそう答える。


 とりあえずヒルデの顔色も(多分)よくなったので、ヒルデから離れた。

 するとヒルデは

「あ・・・」

 と何故か残念そうな声を漏らし、そのあとはずっとこちらを見つめている。


(なにか不作法があったか)


 などと考えながら、聞かなければならないことを聞いてみる。

「ヒルデ嬢。あなたは男たちに攫われそうになっていたのです。運よく助けることはできましたが、攫われた時の状況を教えてください」

 そう言うとヒルデの顔がみるみる青ざめる。


「わたくしは・・・妹のアルテと一緒に買い物をしていたのですわ。路地を二人で歩いていたら、いきなり人相の悪い男たちが襲い掛かってきて・・・護衛の皆さんもついてきてくれていたはずなのですが」

 この姉妹のお出かけに、護衛3人がついていたらしいが、3人とも、路地で倒れていたのを男爵の手の者が先ほど発見したらしい。

 命に別状はないらしいが、全員骨を折るなどの重傷のようだ。


 普段リーベルの街は治安が良く、昼間ならば女性が一人で歩いても大丈夫なほどだが、それが今回は裏目にでたらしい。

 まわりを見渡し、ヒルデが泣きそうな顔で問いかける。

「あのっ。妹は・・・アルテはどこですか?」

「・・・攫われたようです。おそらく街にはもういないかと」

 そう告げると、ヒルデは取り乱し、

「そ、そんな・・・アルテ!ごめんなさい、あぁアルテ・・・。わたくしが買い物など誘わなければ」

 そう言って泣き崩れてしまった。


 無理もない。

 黙って聞いていた男爵が口を開く。

「捜索隊を組織する!冒険者ギルドにも協力を要請する!」

 そう言うと、ネリーが

「かしこまりました!すぐに通達を出し、冒険者に協力を要請します」

 そう答える。


『艦長、――――――――』

 たった今シエナから報告を受けた俺はその動きに待ったをかける。


「大事にするとまずいようです。アルテ嬢の救出は俺に任せてくれませんか?」

 そういうと、男爵は

「何か事情があるようだな。しかし大事にするとまずい、とは?」

「たった今、仲間から連絡がありました。アルテ嬢はひとまず無事のようです。しかし男爵が大勢引き連れて向かうと、アルテ嬢の安全は保障できないかもしれません」

 と答える。


「たった今連絡、とな?先ほどからラーズ殿はわしらと一緒にいるが。いつ連絡をうけたのだ?」

「たった今です。・・・実は、俺は遠距離の仲間とも意思疎通ができるのです」

「なんだと!そんなことができるのか?にわかには信じられん」

「魔法のような・・・ものです」


(苦しいか・・・なんとか今は納得してほしい)


「ラーズ殿!魔法が使えるのか?しかもそんな魔法は聞いたこともない。だが・・・さっきも瀕死のヒルデを治してくれたのだ。信じよう」

 意外とすんなり信じてくれた。


 みんな一様に驚いていたが、ヒルデは目をぱちくりさせ、

「わたくし、死にそうでしたの?」

 そういって再び顔色が青くなる。


 ネリーが事情を説明してくれている。

「わたくしの命の恩人ですの?これは運命では?」

 などと言っているがとりあえず無視して、

「アルテ嬢の救出には俺が一人で向かいます。大人数で行ってアルテ嬢を危険にさらすより、俺一人の方が早く事を終えられます」


 一人で行くことに男爵は一瞬テッドに目をやるが、テッドが頷くと男爵も納得した様子で頷いた。

「アルテ嬢の囚われている場所はわかりました。今のところ無事のようです」

 本当は何度か殴られているみたいだが、今は伏せておく。 


 とりあえず準備のため部屋から出ようとするが、とっさに両腕をヒルデが掴んできた。

「お願いします!アルテを、どうか妹を助けてください。無事に助けてくれたら、わたくしのできるかぎりのことをいたします。欲しいものも全部上げます。言うことも全部聞きます!だからどうか・・・妹を」


 涙目でそう言いながら俺にすがる。

「必ず助けます」

 それだけ言って、俺は部屋を出た。


 残されたヒルデは座り込み「お願い・・・」と言って泣きじゃくっていた。

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