第12話 男爵と娘たち 1

 ウォーラットの討伐を終えた俺とテッドは、城塞都市リーベルまで戻ってきた。

 リーベルの城壁を抜け、ギルドへ向かう途中、人相の悪い男たちが木箱を担いで広場から路地の方へ向かうのが見えた。

 その男たち、特に木箱を担ぐ眼帯の男の挙動が何となく気になった俺は、箱の中身をシエナにスキャンさせる。


 立ち止まった俺に不思議そうな顔でテッドが声をかけてくる。

「なんかうまそうなもんでもあったのか?」

「なぁテッドよ、この国では奴隷なんかは合法なのか?」

「そんなわけねぇだろ。まぁ昔はそんなこともあったらしいが、大昔の話だ。奴隷なんかはこの国では大罪だ。特に王家がそういうのは嫌っているから、すぐに縛り首だぜ。他の国はどうか知らねぇがな」

「人さらいも大罪だよな」

「あぁそうだな。いきなりどうした?」


「ちょっと助けてくる」 

 そう言って俺は早歩きで人相の悪い男たちに近づく。

「ちょ、ちょっと待てよ」

 テッドも後ろから追いかけてくる。

「おいお前たち」

 そう声をかけると男たちは

「あぁ?」

 と言ってこちらに向き直るが、俺はすぐに木箱を担いだ眼帯の男の後ろに回り込み膝の裏を蹴る。

 バランスを崩した男が木箱を手放すが、地面に落ちる前に俺が木箱をキャッチし、ゆっくり地面に置く。


 他の男たちが刃物を抜いて襲い掛かってくるが、俺は足蹴りですべての刃物を叩き落した後、男たちの顎を蹴る。

 男たちは地面に倒れこみ、その様子を見た眼帯の男が、

「お、お前、いったい何なんだ!」

 と声を荒げる。


 俺は持っていた縄をテッドに放り投げ、

「こいつを縛っといてくれ」

 と言うとテッドは、

「一体何なんだよ、めんどくせぇのは勘弁してくれよ」

 そう言いながらも、男を後ろ手にして縛っていた。


 (理解の早い奴だ)


 すると騒ぎを聞きつけたネリーがギルドから顔をだした。

 ただ事ではないと判断したのか、こちらに慌てて駆け寄ってくる。

 ネリーはテッドから事情を聞いているようだが、テッドも肩をすくめている。


 そんなやり取りを横で見ながら俺は木箱に目をやる。

 木箱は釘で打ち付けられていたが、俺は難なく蓋を開ける。

 すると中にいたのは、猿ぐつわをされ、手と足を縛られて気を失っている少女であった。


「なっ、これは!」

 テッドが驚いて、尻もちをつく。

「お前たちはこの子をどうするつもりだったんだ」

 俺がそう聞くと、男は

「お前には関係ねえだろ!」

 と反抗的な態度を見せる。


 俺は、木箱の蓋を放り投げてナノブレードで細切れにして見せる。

「お前もこうなりたいのか?」

 おそらくブレードを抜いたのも見えていないはずだが、空中で粉々になった木箱の蓋を見て魔法と勘違いしたらしく、眼帯の男は

「ひぃ、ま、魔法か?許してくれ」

 と懇願し始めた。

 テッドとネリーも目を丸くしている。


 木箱の少女に目をやると、少女はいまだ眠っているようだ。

 薬か何かを盛られたらしい。

 少女は金髪の肩までのショートカットで、毛先にウェーブがかかっている。16、7歳くらいだろうか。

 身なりはこの街の平民が着るようなものではなく、貴族が外出するときに着るような小綺麗なドレスだった。


「ヒルデのお嬢じゃないか!」

 テッドが少女の名前を呼ぶ。

「知っているのか?」

 テッドに聞くと、

「領主のゴルドー男爵の娘さんだよ。門番してるとたまに見るんだ」


 それを聞いた眼帯の男は

「男爵の娘?それは聞いてないぜ」

 といって狼狽していた。

 男爵は犯罪者には厳しいらしく、さらに自分の領内で悪事を働いたものにはかなり厳しい制裁を科すらしい。


「もう一度聞くが、お前たちはこの子をどうするつもりだったんだ?」

 眼帯の男に聞くと、男は

「黒ずくめの男からの依頼だ。この街のもんじゃねぇはずだ。娘二人をさらって、裏通りの薬草屋に連れていくっていう依頼だったんだ。攫ってしまえばどっちか一人は好きにしていいっていうんで、小さい方を別の奴が運んで、こっちは俺らで楽しもうかと・・」


「下衆め」

 俺は眼帯の男の首を手刀で叩き意識を奪う。

 テッドは青ざめて、

「ということは、アルテのお嬢もさらわれてるのか?」

 と言って立ち上がる。男爵の娘は二人いるらしい。

 これは急いだほうがいいな。そう判断した俺とテッドは騒ぎを聞いて集まってきた街の衛兵に、眼帯の男たちをつきだしたあと、ヒルデをネリーに任せて二手に分かれることにした。

 

 テッドは事情を説明しに、男爵の館へ。

 俺はテッドから聞いた薬草屋へと向かうことにした。


 教えてもらった裏通りの薬草屋に着くと、店は静寂につつまれ、人がいるようには思えない。

 店の奥に行くと椅子や花瓶が倒れ、誰かが争ったような形跡があった。

 床に少量の真新しい血の跡と、歯のようなものが落ちていた。


(ここで殴られたのだろうか)


 そう思った俺は、犯人たちは既にここから移動していると判断した。

『シエナ、このリーベルから出ていく人間をスキャンして監視しろ』

『了解しました。既にそれらしい《荷物》を持った一団をキャッチ、追跡しております』

『よくやった。そのまま監視を継続、攫われた娘に危害が及ぶようであればドローンで安全を確保しろ』

『了解しました』


 俺は一旦広場に戻り、テッドと合流することにする。

 シエナの探知によると、テッドも広場に向かっているようだったが、身なりのいい中年の男も一緒のようだ。

 他にも数人ついてきているが、おそらくこの身なりのいい男が男爵だろう。


 広場に着くと、ほぼ同時にテッドたちも到着したようだった。

「どうだった?」

「店はもぬけの殻だった」

「なんということだっ!」

 そうやって会話に入ってきたのは中年の男だった。


「ラーズ、この方が領主のゴルドー男爵様だ」

「初めまして。ラーズといいます。娘さんを攫った賊は既にこの街から離れているようです」

 一応貴族と言うことならば敬語を使っておいた方がいいだろうと判断して自己紹介する。


「ある程度そこの門番のテッドに聞いた。ヒルデを助けてくれたことは礼をいう。しかし次女のアルテも助けねばならん」

 男爵はヒルデの様子を確認し、ひとまず安心した様子をみせた。

 それから、俺のことを観察して、

「ふむ。武の心得があるように見える。しかしなぜ賊が街の外に出たとわかるのだ?」


 そう言われることは予想していた。

「実は他に仲間がおりまして、運よく怪しい男らを見つけたので尾行してもらっております」

 テッドが何か言いたそうな顔をしているが、状況を察して黙っている。


「そうか!それは助かる。娘に何かあれば、わしはどうすればいいのか」

 男爵は見た目はごつい軍人上がりのような人相をしているが、娘たちには甘いみたいだ。

「わしの方でも捜索隊を編成する。おぬしの仲間と言ってもそんなに大人数でもあるまい」

 ここで男爵に下手に動かれるよりもシエナに任せた方がうまく事が運ぶだろう。

 どうしたものか。と思案していると、

「ぅ・・」

 先ほど救出したヒルデが毛布にくるまれて寝かされているが、意識はまだ戻っておらず、さっきよりも苦しそうな表情をみせる。


 顔色は真っ青で、そのまま衰弱して死んでしまってもおかしくなさそうな状態だった。

『遅効性の毒をかがされたようです。おそらく攫われるときにかがされたのでしょう』

 シエナの見立てでは、すぐに死に至るようなものではないものの、放っておけば何かしらの障害が出る可能性が高いということだ。

 しかし、このようなところでは治療のしようもない。

 薬なら用意できなくもないが・・・。


「ヒルデ!大丈夫か!しっかりしろ!」

 男爵が叫ぶも、ヒルデの返事はない。

「質の悪い薬をかがされたようです」

 俺が言うと、男爵の顔に絶望の色が浮かぶ。

「ヒルデは・・・助からんのか」

 膝から崩れ落ちる男爵の様子を見て俺はいたたまれない気分になる。


『艦長。あまり介入しすぎるとこちらの技術をある程度示すことになります。せめてベースメタル確保の目途が立つまでは、あまり目立った行動はしない方が懸命と判断します』

 そうシエナが言うが、俺は何となくそう言われるような気がしていた。

『シエナは、俺が考えていることがわかっているみたいだな』

 そう伝えると、

『・・・』

 シエナは無言だった。


 しかし、やはりシエナも俺の次の行動は予想していたらしく、

『では、とりあえずギルドに向かってください』

『わかった』

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