第8話 王女と騎士 1

 ◇◇◇◇◇◇◇


 馬車の中で揺られながら、この国「エルヘイム王国」の未来に不安が募る。

 薄灰色の綺麗な髪を肩まで伸ばし、意匠細やかな気品のあるドレスを着ているこの女性は、エルヘイム王国の第一王女エリザ・クレスト・エルヘイムである。


「まさかホーチ王国が我が国への侵攻を企てているなど思いもしなかったわ」

 その正面に座っている騎士、エリザの親衛隊長を務めるテレサ・クレスト・バルドニアが答える。


「信用に値する情報ね。各地に放ったスパイからほぼ同時に「侵攻の兆しあり」との連絡が入ったのだから」

「お爺さまの代からそのような話は全くなかったと聞いていたのに」

「そもそも兆しはあったわ。先の戦争の折、エルヘイム王国から散々支援を受けて復興したにも拘らず、ホーチ王国内では反エルヘイムを先導するものが後を絶たなかった。またそのような者らを称賛するような風潮が、かの国にはあるものね」


 表向きは仲良くしつつ、裏では侵攻を企てる。よくある話と言えばよくある話であった。

 テレサは馬車の窓から外を眺めながら続ける。


「問題は国内の状況ね。ここのところの穀物の不作続きで、もはや飢饉の一歩手前。元気なのは城塞都市リーベルを擁するゴルドー男爵領やその他一部の領だけ」

「そうね。何とかして支援をいただかなくては」

 エリザは胸の前で握りこぶしをつくり答える。


 国の一大事にあたり、エルヘイム王は王国中の貴族領に、兵を王都に集めるようにとの嘆願の文をしたためた早馬を走らせた。

 しかしほとんど返事も来ず、来たとしても「何十年も隣国との戦争はなかったのに、起こるわけがない」だとか「飢饉に備えて、兵など動かせない」とかの返事ばかりだった。

 中には少ないながらも王都に兵を参集させる旨を伝えてくれた貴族もいたが、本当に極一部だ。

 エルヘイム王族に対する貴族の忠誠心は、もはや無いにも等しい。


 エルヘイム王国の王都は、隣国ホーチ王国領からほど近い位置にある。

 本来であれば王都は地理的に侵略しにくい位置に置くのがいいとされるが、もともとホーチ王国はエルヘイム王国の一部であり、過去独立分子の反乱により、長らく自治領とされていた。

 そののち、自治領が正式に独立した経緯があり、隣国の土地と近い位置に王都が存在する状態となっている。

 安全な場所への遷都案も出たこともあったが、エルヘイムの人々の元々の気質として楽観思考の者が多かった。

 さらに「遷都は戦争を正当化するものだ」等といった敵国のプロパガンダに踊らされ、遷都案は立ち消えとなっていた。


 そんな厳しい状況の中で、「その時」が近づいてきているという不安にかられたのは王族の資質だろうか。

 いてもたってもいられなかったエリザは、王女直々に諸領をまわり、領主貴族を説得するといって王を納得させた。

 王は当然心配しながらも、王国最強の騎士であり、エリザと従妹であるテレサが同行するならば、と納得して送り出してくれた。

 王に言われずとも、エリザは親衛隊長であるテレサを連れて行く気であった。

 年は一つ違いだけれど、信頼できる姉のようなテレサなしの旅路など考えられなかった。


 そういった間柄なので愚痴もこぼしやすい。

「臣下である領主たちの説得のためにクレスト金貨まで用意しなければならないとは。これではお金をあげるので助けてくださいと言っているようなものだわ」

「実際のところその通りね。我が国は少し平和ボケしていると思うわ」

「そうよねぇ」


 エリザはハァーというため息をつくが、二人しか乗っていない馬車内にむなしく響くだけであった。

 一方テレサは終始微笑みを絶やさない。

 テレサは公私をきっちり分けるタイプだ。

 二人しかいないときは普通の口調だが、それ以外ではしっかり敬語を使う。

 しかしどんな場面でも微笑みは絶やさない。

 そんな姿に憧れる騎士は多い。


「とにかくゴルドー男爵にお会いしてお願いしないとね。うまくいくといいけど」

「男爵の説得を終えた後は各領行脚ね」

 今度はふたりしてため息をつくのであった。




 数日後、王女エリザを乗せた馬車は城塞都市リーベルに到着するが、男爵の娘が行方知れずになっているという。

 男爵自ら捜索隊を編成して探しているらしく、面談は状況的に難しそうだった。


「仕方ないわね。今王都への派兵をお願いできるような状況じゃないわね」

 そういうエリザはテレサを見るが、無言でうなずくだけだった。

「とりあえず男爵の派兵への協力要請は後回しにしましょう。ここから西のダンケ子爵領が比較的近いので、ゴルドー男爵の娘たちの捜索をしながら、子爵領に向かいましょう」


 せっかくここまで来たのに成果も得られないまま子爵領に向かうことになった。

 エリザは憂鬱な気分になりながらも、国の危機にゆっくりしていられるわけもなく、西への旅路を急ぐのであった。


 ◇◇◇◇◇◇◇

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