第4話 説明回(読み飛ばし可) ラクテ銀河帝国

 ラクテ銀河帝国。


 かつて乙女座超銀河団の辺境を起源とするその帝国は、人類同士の長い戦争と復興を繰り返す悲惨な歴史から脱却したのち、外敵からの侵略に備え、人類が一丸となることを目指し興ったとされている。


 帝国黎明期、いまだ外敵の存在を知らない当時の人類は、同じ人類同士で戦いの歴史を繰り返し、それは星の海を渡る時代になっても続いていた。

 いくつもの星系を巻き込んだ争いが10,000年以上も続き、泥沼の様相を呈していたが、人類発祥の地とされる母星の喪失をもってようやく一旦の終結を迎えたのである。


 しかし、母星とその一帯宙域の喪失は不可解な事象が多く、陰謀論がまことしやかに噂され、人類同士の諍いの種火が再び大きくなり始めたころ、突然それは現れた。


 アデル・・・人類の天敵の出現である。


 アデルと呼ばれるそれは、一見、人類種と似通った様相のため、ファーストコンタクト時は人類側も友好的な態度で臨んだと記録されている。


 アデルと人類が決定的に違う点。それは見た目でいうと黒い体躯、華奢な体つき、時折身体が発光するといった奇妙な特性を有していた。

 意思疎通さえできれば共存、若しくは抑圧、最悪不干渉で乗り切ろうと考えていた人類にとってまさかの事態であった。

 いや、意思の疎通はできていたはずだった。

 人類側の用意したファーストコンタクトの舞台にアデルが時間通りに現れたからである。

 未知との遭遇にみな期待や緊張、不安などの様々な感情が渦巻く中、式典は開始された。


 しかし、ファーストコンタクトは惨劇に終わった。


 突然、人類側の大使にとびかかったそれは、首元にかみつきそのまま食事を始めた。

 予想外の出来事に一瞬あっけにとられた人類側であったが、攻撃をはじき何事もなかったかのように猛スピードで近づいてくるその怪物になすすべがなかった。

 その場にいた人類側の大使一行は逃げる間もなく捕食され、もしくは艦の自爆により全滅。


 外部から中継していた報道通信によってこの事件は瞬く間に人類圏に広がり、人類の外敵の初めての発見となったのである。

 この事件の2年後、多数の星系からなる人類圏をまとめ、団結して外敵の脅威に対抗すべく興ったのが人類銀河連邦であるが、その後の政変等の紆余曲折を経て連邦の土台を引き継ぎ誕生したのがラクテ銀河帝国である。


 ファーストコンタクトから帝国の誕生まで約300年程度であったが、その間アデルの襲撃がなかったのは幸いであった。

 その間に帝国は対アデルの準備を進め、莫大な予算を割いて軍備を整えたが、相手の勢力が全く予測できなかったことから、それは致し方なかったといえる。


 また、軍備を整える中で、

『アデルはごく少数しかおらず、もう人類圏には現れないのではないか』

との楽観論が主流となって久しく、再びの恐怖が帝国を襲うことになる。


 アデルは帝国の辺境星系に姿を現し、残虐の限りを尽くした。

 被害を受けたのは帝国の端にある、何の変哲もないのどかな農業惑星であったが、星外へ脱出する民間人の乗ったシャトルでさえ執拗に攻撃し、脱出できたのはわずか百数十名であった。

 陸地は人の血で染まり、海もまた汚染され人の住める惑星ではなくなった。

 農業惑星の突然のSOSに帝国軍が救援に駆け付けるも、ワープアウトした艦隊が目撃したのは既に死の星と化した姿であった。


 惑星内の映像や記録から、「既に生存者はなし」と判断した帝国軍司令部は、惑星に降り立ったアデルの全滅を優先、艦隊による一斉射により星ごと焼き払った。


 この農業惑星の悲劇は人類にファーストコンタクト時の衝撃を思い出させるのには十分であり、被害としては惑星の住民ほぼすべての3000万人という桁違いの被害をもたらした。


 このときの惑星内外の映像記録の解析によりアデルの特性がいくつか判明した。

 アデルは人類を捕食する特性のほか、捕食しない場合であっても人類を虐殺する。

 当然そこに性差や年齢などの区別はなく、老若男女、幼い子供であっても容赦なく虐殺されている。

 アデルの個体によって多少残虐性に差異があるものの、多くの個体は殺戮を楽しんでいるようだった。


 他には、星を渡るほどの技術を有しているのにも関わらず、惑星に降り立ったアデルの個体に知性がほとんど見られないことや、惑星に降下した個体が再び惑星外に脱出してきた記録がまったくなく、使い捨てにされているような状況も確認された。

 そういった点からアデルには上位種が存在するのではないか、と推察された。


 この農業惑星事件以降も、帝国航宙艦隊の網の目をくぐる様にアデルは現れ、人類の住む惑星に被害をもたらしていった。

 しかし、帝国がまともに戦うことができれば、勝てないわけではない。

 珍しく惑星のSOSに間に合った航宙艦隊がアデルの艦隊と遭遇した際には、当時の将官が優秀であったのも理由ではあるが、3倍の規模を覆し帝国航宙艦隊が勝利している。

 同じ艦隊規模で対峙した場合の勝率は8割を超えている。


 目下、人類側が特定を急がなけらばならないのは、アデルの移動手段である。

 艦隊規模で移動しているのは把握できているが、その出現方法が不明なのだ。

 人類圏においては一定間隔ごとに宇宙空間に物理的な通信衛星若しくは通信ドローンを配置しネットワークを構築している。

 当然広大な宇宙では、通信にラグはつきものであるが、ラクテ銀河帝国誕生後、人類が未発見であった光因子を媒介とした通信に成功、以降は帝国圏の90%をこの技術を応用した光因子ネットワークによりほぼタイムラグなしで相互の通信ができるようになった。

 準FTL通信の完成である。


 とはいえ、物理的に中継点が必要なことから、今まで人類が到達した宙域までしか適用できず、このネットワークにも限界があることを示唆していた。

 しかしながら、現在の帝国圏間の通信にさして問題があるわけではなく、画期的な進歩であることに間違いはない。

 人類は地道に宇宙のマッピングをしながらその通信領域を広げていくのであった。


 目下の問題点としては、人類が到達していない領域については通信手段が皆無であり、人類圏以外の外宇宙、所謂、【未知の領域】との交信はできないということである。


 通信の手段についてだが、これは通常空間においての話である。


 その他、人類は星系間の移動手段として【超光速航法】、つまりワープ航法を採用しているが、その歴史は古く、帝国誕生時には既に航法は確立されていたとされる。


 ワープ航法については、ゲートと呼ばれる通常空間と亜空間を繋ぐ門を出現させその中に入ることで超長距離間の移動を可能とするものであるが、運用を始めてからこれまで、その詳細については軍の極秘事項とされ、不明点が多い状態のままであった。


 なぜ不明な技術の運用が出来ていたかというと、帝国黎明期にその技術を外宇宙の知的生命体に伝えられた、というのが通説となっており、航法の運用自体は民間でも比較的自由に行えるが、出入り口となるゲートの発現場所の座標を帝国軍直轄の帝国通信総務局へ届け出なければならない。

 ただ、届け出自体は事後でも問題ないので、緊急時でも使用できる。

 しかしながら、使用にあたっては事前に艦船の登録が個々に必要であり、登録することによってはじめてゲートの使用パスコードが使用可能になる。


 登録時には船体に「ゲートストーン」と呼ばれる結晶を設置し、それとパスコードをもってワープ航法が可能となる。よって宇宙を航行する船には大抵、製造時にゲートストーン用の設置場所が設けられているものである。



 航法に比べて通信の発達が遅れていたのは、ワープ航法で星系間の情報をそのまま持ち帰っても特に差し支えなかったというのが根本の理由にある。

 しかし、ワープ航法が便利とはいえ事故がないわけでもない。


 亜空間内に不意に起こる「時空振」とよばれる原因不明の一種の災害により、亜空間から脱出できずに消滅した艦船もある。

 さらに、低確率ではあるが意図しない場所へワープアウトする事象も確認されており、ワープ航法が100%安全というわけではない。


 とはいえ基本的にはワープで事故が起こるのはごく低確率であることから、通常空間の通信手段の発達が遅れていたのは致し方ないことではある。


 だが、アデルの襲撃により、通常空間での通信の速さが必要とされ、長い時を経てようやく帝国圏の通常空間における通信ネットワークを構築することに成功したのである。

 帝国圏内に限れば、ワープより早く通信が可能となったのである。


 このネットワーク構築の背景には、人口爆発によって他星系へ多く進出した人類の居住惑星すべてに艦隊を配置するのは不可能であった、という点も含まれる。

 人類圏の居住する惑星については星の人口の多い少ないは当然あるものの、資源衛星やテラフォーミングした開拓惑星等を含めると登録しているものだけでもゆうに100万を超える。


 また辺境では常に新しい惑星や衛星が発見されており、入植した惑星の中には文明を嫌い、人類圏からの接触を遮断する場合もあり、その数は常に変動しているのが現状である。

 とはいえそういった星はアデルに襲われてしまうと、対抗する手段がないので、帝国政府としてはなるべく帝国に編入するよう対処しているが、何より艦船の数が足りない。


 そういったなかでようやく完成した準FTL通信ネットワークであるが、運用をはじめてからアデルの移動手段が余計にわからなくなったのだ。

 確かにネットワークの運用によって、危機が迫る惑星に素早く駆け付けることができるようになった。

 しかし、アデルの移動手段が人類の運用しているワープ航法とは異なることが判明した。


 人類の運用するワープ航法は近年の研究により、光因子が関係していることが判明している。

 ゲート付近にわずかな光因子が検出されるのが特徴だ。

 光因子は時間とともに霧散するが、ゲート使用前後の数時間はその場に滞留する。

 しかし、アデルの移動に伴い、付近に光因子は一切発見されなかったのである。

 いつの間にかそこにいて、いつの間にか、そこからいなくなっているのだ。


 気が付いたら惑星の裏側にアデルが出現していた。ということも起こりえる。

 まさに神出鬼没であるが、艦隊規模で移動している以上、何らかのワープ航法を使用しているに違いない。

 未知の技術であり、人類が未到達の領域である。


 そんなアデルだが、艦隊自体は決して強くない。

 艦隊戦であればほとんど人類側が勝利しているし、観測できているアデルの個体は決して知能が高いように見えない。

 上位種の存在がほぼ間違いないだろうと考えられてはいても、どうにもチグハグな印象である。

 そういった点も含めてアデルの不気味さが引き立ち、人類とは全く違う、相容れないであると考えられている。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る