第3話 アリアドネ海戦 3
カイゼルが頷きながらラーズに語り掛ける。
「私にはなすべき使命があったのだが、このとおりもう長くはない。それを君に託したい」
元帥がいう使命など、どんなに重要なことか計り知れない、と考え硬直していると、
「そんなに固くなることはない。気楽にやってくれて構わない。もうこの艦隊の立て直しは無理だろう。だが、何とか君は生き延びてこの艦だけでも無事に生還・・・いや行く末を見届けてほしい」
半壊している状態とはいえ、まさか大尉の自分がこの帝国艦隊総旗艦の命運を握ることになるとは思っていなかった。
「大丈夫だ。シエナが君を選んだのだから」
AIに選ばれることは大事なことなのだろうか、と思案していると、
「この艦長室からも艦の状況がだいたいわかる様になっている」
お構いなしにカイゼルが続ける。
「艦で無事な区画は、小型兵装区画、倉庫区画、それからバイオプラント区画だ。艦橋もダメージは大きいが修理すれば何とかなる。大型・中型兵装区画及び居住区角はほぼ全滅だ。生きている区画の保護を優先してもらいたい」
机の周りに艦の被害状況を映した画面がポップアップし、生々しい状況が目に入る。
気になっていることを先に聞いておく。
「閣下、僚艦隊の状況はどうなっているのでしょうか」
「・・・通信がない、ほぼ全滅とみていいだろう」
(頭が真っ白になる。帝国軍が誇る15万からの艦隊が全滅?さっきの一回の衝撃で?)
「・・・厳密には数は少ないだろうが我々と同じように生き残ったものもいるだろう。しかしいまだ通信すらとれないということは・・・、そういうことだろう」
落ち着いた様子で話す様子に一方のラーズは考えがまとまらない。しかし今は考えても仕方ない。
「閣下、アルマ級の艦については将官以上の権限がないと・・・」
「そうだな・・。生き残った君はこの艦の希望だ。怪我をしているが、この艦にはまだ生存者がいくらか残っている。だが君が一番まともに動ける状態のようだ。君には旗艦にふさわしい地位が必要だな」
会話の流れから、なんとなく戦時特例で昇任することは予想できた。
カイゼルが、苦しそうに話す様子に、とにかく急いでことを勧めなければならないと考える。今はナノマシン【ネイン】がフル活動でカイゼルの意識を持たせているのだろう。
しかし次にカイゼルが発する言葉が想像を超えていた。
「君には准将になってもらおうか。できればもっと上を引き受けてもらいたかったが、それは自分で出世してくれ」
冗談かと思ったが、こんなときに冗談をいうとはさすがに思えない。
非常時でもありえない人事だ。
たしかに旗艦を一時的にも引き受ける以上、階級は上の方がいい・・・が、さすがに乱暴すぎる。
そもそもそんな人事が可能なのかと頭の中がぐちゃぐちゃになっているところで、
「君のIDを見せたまえ。私の前に」
とりあえず言われた通りにすると、ラーズのIDがスキャンされる。
本当に書き換えられた。確認すると階級が本当に『帝国航宙軍准将』になっている。
元帥はある程度の人事権は持っているとはいえ、独断でいきなり准将にするなどあり得るのだろうか。
しかも大尉が佐官を飛び越えていきなり・・・。
いまだ信じられないでいると、
『ラーズ・ロンフォール大尉の昇任を認め、帝国軍准将として登録しました。以降は元帥権限により、同艦シエナ・ノーザンディアの艦長として承認します』とAIが宣言する。
もうどうにでもなれ、という思いで天を仰いだ後、カイゼル元帥に今後の艦の運用について質問しようとしたが・・・既にこと切れていた。
「元帥閣下・・・」
ラーズはカイゼルの言葉を思い起こす。
「まだこの艦に生き残りがいる。とりあえず救助に向かう。シエナ、サポートを頼む」
AIであるシエナは艦の中心部分に位置するマザーフレームと同義であり、そこが無事である限りAIの稼働に問題はない。
シエナが無事ということは、艦の心臓部分はまだ生きているということだ。
しかし、自由に動けるボディがあるわけではないので、ラーズは体内にあるナノマシン【ネイン】を通じて話しかける必要がある。
生存者の位置確認を始めたそのとき、再び艦内にけたたましいアラートが鳴り響く。
嫌な予感に質問するより先に答えが返ってくる。
『二射目です。先ほどの超質量攻撃と同程度のエネルギー収束を確認』
「回避可能か⁉」
『不可です。ゲートでの転移を提案します』
転移とは、所謂ワープである。
光因子といわれる現象を利用し、空間にゲート=亜空間に通じる門を作り出し、超長距離航行を可能とする技術である。
「迷っている暇はないな!転移しろ」
『了解しました。座標計算は省略して実行します』
最速でゲートが開かれ残った推進力でなんとか中へ逃げ込む。
その直後、超質量エネルギーがシエナ・ノーザンディアのいた空間に到達する。
周囲にあった無数の艦隊の残骸や乗組員の亡骸はエネルギーの発する熱で融解し、光とともにすべてが消えうせた。
「なんとか間に合った・・・」
この短時間で何回死にかけるんだよ。と思いながらも、生存者の救助に向かおうとすると、
『亜空間航行中は安全が確認できている区画からの移動は賛成できません』
とシエナに言われるが、それでも同僚を助けないという選択肢はない。
艦長室の扉を開けたところで、また激しい衝撃がおきる。
しかし先ほどとは違い音はなく、視界が暗転した。
「今度はなんだ。どうなっている」
数秒で艦内に光が戻る。
・・・様子がおかしい。
艦長室に目立って変わったところはないが、それは部屋自体のことだ。
さっきまでと決定的に違うところがある。
カイゼル元帥の遺体が消えている。
椅子に座った状態で息を引き取ってから、元帥の身体は動かしていない。
さっきの衝撃で動いたとしても、椅子の付近に倒れているはずだ。
どこにもいない。
「シエナ、他の要救助者の状況を知らせてくれ」
『・・・ありません』
「は?」
『生存者の反応が消えました』
「今の衝撃で全員死んでしまったというのか?」
『いいえ、死体もありません。現在この艦にある活動中の生命体は艦長だけです』
「俺だけ・・・?」
信じられずに艦長室の外に出る。
先ほどまで艦の通路にあった同僚たちの遺体はすべてきれいさっぱりなくなっており、最初から人が存在していなかったかのような妙な静けさを感じる。
「もう何がなんだかさっぱりだ‼」
そう言ってもう一つの異変に気付く。
「なんで通常空間にいるんだ?」
艦の破損した部分から外が見える。
さっきゲートを通って今は亜空間内を航行中のはずだ。
なのに、なんでもう通常の宇宙空間にいるんだ?
座標計算はできていなかったから、どのあたりの宙域に出たのかはわからない。
しかしゲートを通った以上、再びゲートを通らないと通常空間には戻れないはずだ。
衝撃からさほど時間は経っていないはずだから大した距離は飛んでないはずだが・・・
もう理解できないことばかりで意識を放棄しようかと思った矢先、
『先ほどの亜空間内での衝撃時と同時に通常空間への移行が確認できました。時空振の可能性もありますが、原因については不明です』
もうとりあえずいったん眠ってから考えよう。もしかしたら悪い夢から覚めるかもしれない。そういえばここ最近きちんと睡眠とってなかったな。と現実逃避をはじめたがシエナがたたみかけてくる。
『現在の我々のいる座標ですが、データにない宙域です。人類未踏の領域の可能性が極めて高いと判断します』
眼下に惑星が見える。
『この惑星もデータにありません。この惑星について、質量に違和を感じます』
「突然未知の領域に飛んで、目下に惑星があるってどんな確率だよ」
『とにかくデータの収集を最優先事項として提案します。艦長の承認をお願いします』
「艦長って、俺か・・・生き残りが俺しかいないのに艦長って」
『艦の再編にも資材が必要です。目下の惑星とその周辺宙域を観測し、再編スケジュールの立案を実施します。それから、艦長には今からバイオプラントへの移動を進言します』
「バイオプラント?カイゼル元帥がそこは生きてるって言ってたな」
『そのとおりです。一部の設備は破損されてしまいましたが、その他については問題なく稼働できます。艦長にお願いしたいことがありますので、移動してください』
進言から強制になっているが、気にしたら負けだ。だが・・・
「眠ってからでもいいか?正直一旦頭を整理したい」
『構いません。超短期的には新たな脅威が訪れる確率は低いと判断します』
「・・・超短期的にはって・・・」
そういってつっこみを入れようとするが、眠気が勝ち、艦長室のソファで泥のように眠りについたのであった。
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