第2話 アリアドネ海戦 2
「くそっ。いったい何が起こってるんだ。さっきまで戦況は有利だったんじゃないのか」
総旗艦シエナ・ノーザンディア艦内にある通信総務局第三室所属ラーズ・ロンフォール大尉は、先ほどの攻撃と思われる衝撃により壁に叩きつけられていた。
頭から出血していたが、かろうじて致命傷は避けられた。
体内にあるナノマシン【ネイン】によって既に傷口はふさがっているものの、顔や服を見る限り、かなり出血したようだ。
ラーズはよろよろとふらつきながらも、まだ残っている壁伝いに歩き始めた。
そこかしこに同僚たちの遺体が転がっている。
いきなり訪れた地獄の光景に、軍人だから覚悟はしていたとはいえ、あまりの理不尽さに頭がおかしくなりそうだった。
『生存者は速やかに格納庫の脱出シェルターへ移動、退艦してください』
艦載の高性能AIの無機質な声が繰り返し艦内にこだまする。
格納庫には脱出シェルター、所謂小型巡洋艇が配備されており、緊急事態にはそれを使って脱出するように訓練を受けていた。
ラーズも気力を振り絞り、格納庫へ向かっていたが、途中で通路がなくなっていることに呆然とする。
「これは・・・艦の半分以上が吹っ飛んでいるのか・・・」
見えるのは宇宙空間に散乱する旗艦や僚艦の残骸、それから無数の死体である。
よく見ると敵・・・アデル艦隊も同じように破壊され、無数の死体が浮かんでいる。
敵味方関係なく破壊しつくされた惨状に、ラーズは絶望しながらも他の道を探す。
自分以外の生存者が見つからない・・・その現実から、底知れぬ孤独感に襲われていると、
『生存者は速やかに、艦長室へ向かってください』
響くAIの言葉が先ほどと変わっていることに気付く。
旗艦内にはいたるところに脱出艇が搭載されていたが、先ほどの衝撃によりほぼ破壊されており、形を保っているものも、起動はできなさそうだった。
「艦長室・・・確かに艦長室なら直結の脱出艇もあったと記憶している。しかし艦長室に向かえ、か。艦長の脱出艇が残っているということはリエル艦長はもう・・・」
艦長とは何度か話をしたことがある。大将だというのに、一尉官である自分にやさしく接してくれた。
作戦行動中は厳しかったが、それ以外は俺と同階級の同僚の話も聞いていたのを見かけたこともあるし、厳しい軍での生活の中で、一筋の光みたいに感じられた。帝国の英雄とよばれるのにふさわしい人だったのに。
艦長室は艦橋の奥に位置しており、ここからまだ近い位置で、通路も形を留めていたためなんとかたどり着くことができた。
艦長室の扉を開けると、部屋の中は荒れてはいるものの、部屋の外と比べると、比較的マシだった。
艦長の机の奥にある椅子に誰かが座っているのに気が付く。
ゆっくりと椅子が回りこちらに向いたので、生存者がいたことに一瞬喜ぶも、その顔をみて緊張する。
「シエナ・ノーザンディア通信総務局第三室、ラーズ・ロンフォール大尉であります!」
気を付けの姿勢をして、直立不動で椅子に座っている人物に敬礼する。
「生き残ったか。よく無事だった」
そう言って返礼したのは、帝国航宙軍元帥カイゼル・ラムダ・ブライエンであった。
ふだん目にするどころか、会話することなどできない雲の上のような存在を前に汗が噴き出る。
そういった意味では、リエル艦長はやはり特別だった。
「元帥閣下もご無事で!」
そう言ってから気が付いたが、カイゼル元帥は艦の飛び散った破片が体中を貫いており、手の施しようがない状態であった。
平時であれば、治療カプセル等の手段で回復させることは可能だろうが、【ネイン】で回復できる範囲を超えており、艦も半分がなくなっているようなこの状況では治療の施しようがない。
「閣下・・・」
自分の表情を見て、カイゼル元帥は苦しそうだが笑みを浮かべて答える。
「絶望するな。見たところ君はまだ死ぬには早い年だ。なんとか生き延びろ」
カイゼルは続ける。
「しかし、よくここにたどり着けたな。部屋の外の状況は把握しているがどこもひどい状態だ。君は艦長室は無事だと思ったのかね」
そう問われたので素直に答える。
「AIの指示に従い艦長室へ参りました」
そう答えると、カイゼルは少し驚いた顔をして、
「シエナが導いたか、そうか」
シエナとは、この旗艦シエナ・ノーザンディアの統括AIの名称だ。
新造艦とその艦載AIに過去の帝国の英雄の名前を付けるのは珍しいことではない。
だが、ラーズはシエナという名前の英雄についてはよく知らなかった。
「ラーズ大尉、君に頼みたいことがある」
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