奇妙な齟齬
「くぃふぃとぉ」
呼ぼうとして、盛大に間抜けな音を溢れさせた。だけに
「希井斗、どこ行ってたんだい」
「どこ行ってた、じゃないですよ。芍姐の方が急にいなくなったんじゃないですか。それにやっと見つけたと思ったら、桜の幹に
「ああ御免よ。とりあえずあたいはこの通り、ぴんぴんしてるから安心しな。ところで希井斗」
「はい?」
「さっきから妙に口ン中が甘くてさ、一体どうしちまったんだろ」
「それは食いしん坊の芍姐ならもしかしたら起きるかもって、お土産の桜餅をイダダダ!」
哀れ希井斗の頬っぺたは桜餅、もとい餅のように長く引き伸ばされた。さて
「もぅ、痛いじゃないですか」
「うるさいよ。まったく、勝手に風呂敷広げてくれちゃって……」
地べたには結びを解かれた風呂敷と菓子折と、その横には覚えのある
「えっ、何であの畳紙がここに。てか、
「そういえば姐さん、行きはそんな包持ってませんでしたよね。何なんですか、それ」
「希井斗、笑わないで聞いとくれよ――」
芍は希井斗と
「姐さんを疑うわけじゃないけど、僕にはとても信じられません。庵が突然現れて、そして突然消えるだなんて」
「あたいだって信じたかないよ。けど現に包はここにあるから驚いてんのさ」
「姐さんが覚えてないだけで、庵からここまで歩いてきたんじゃないですか」
「そんなはずはないと思うんだけどねぇ……」
と、そこに山道を下ってくる足音の。見れば網笠を目深に被った墨染の
「おぅい、そこの坊さん」
「……そなたが呼んだのは、拙僧か」
「坊主はアンタしかいないだろうよ」
姐さん、失礼ですよと希井斗が注意するのもお構いなしに、芍は僧の方へとずかずかと歩み寄る。僧は笠を取るはおろか顔を見せる気すらないらしい。お高く留まりやがって、と芍は内心で舌打ちしつつ、
「この山ン中に人形師の爺さんが住んでる庵があるって聞いたんだけど、アンタどこにあるか知らないかい」
と不躾に問うた。すると僧は杖持たぬ手を握り顎に当て、
「知っておる――」
と
「――が、そなたの期待に沿うことはできそうにない」
「あんだって。まさか教えないつもりかい」
「そうは言わん。だが知ってどうする」
「そりゃぁ、ちょいと挨拶にだね」
「なら行くだけ無駄というもの。その庵なら、随分と前になくなっておるからな」
芍と希井斗、二人して顔を見合わせる。希井斗の説は否定され、だからといって芍は素直に自分が正しかったと喜ぶことはできかねた――まさか本当に幻を見せられたのか、或いは怨念か。目の前に坊主がいるせいか、こんな荒唐無稽な想像さえいやに信憑性を帯びてくる――ぶるりと背筋を震わせた芍は、おそるおそる僧に、
「なくなったってこたぁ、そこに住んでた爺さんも……」
と濁して訊ねたが。この僧、面白き冗談だといわんばかりに呵々大笑の花咲かせ、一方の芍は口を窄ませる。
「あたいは笑わせるつもりで言ったんじゃないんだけどね」
「いやなに、拙僧とて無常の理を説く者の端くれではあるがな。しかしあの御仁ほど死という言葉と縁の遠い者も、そうはおるまいと思うたのよ」
「その口ぶりからすると、アンタ爺さんと知り合いかい」
「知り合い、というほどではないが。むしろこの都では知らぬ者の方が稀であろう――
おいその名は、と言ったきり、芍は二の句を継げずにいた。というのもこの禰古方寅エ門なる老人形師、芍とも希井斗とも関わりの深い人物だったのである。
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