第50話 仲間の祝福はからかいと共に
賑やかな音楽と幸せそうな人々の笑い声が、心地良く響いている。
見えなくなったお父様の後ろ姿を探していた私は、ふっと息をついた。
「いっちゃった……」
「よかったな」
「え?」
振り返ると、キースは大きな手で私の頭をぽふぽふと叩いた。
「お前が魔術師としてやってくの、賛成してたな」
「……うん!」
嬉しさがこみ上げ、力いっぱい頷くと、ぐんっと手が引かれた。
「ほら、行くぞ。祭りはまだ続くんだから」
私を見たキースは少し目を見開く。その顔がぼやけ、困った顔をした彼が「泣き虫」としたことで、私は泣いていることに気付いた。
「なっ、泣いてない!」
「父親が恋しいとか、まだまだガキだな」
「そんなことないもん!」
頬を赤らめ、ぐいぐいと乱暴に涙を拭ったその時、遠くから大声で「ミシェル、キース!」と私たちを呼ぶ声が響いた。その方角を見ると仲間たちの姿があった。
人混みをかき分けて近づくアニーの手には串焼きの肉がしっかりと握られている。
「ハーイ、ミシェル! あらっ」
私たちの前に立ったアニーは、にやりと笑って「お邪魔だったかしら?」と唐突に尋ねた。
何を言われているのか分からず、キースと顔を見合わせる。そうして「何が?」と異口同音に尋ね返すと、アニーのにやけ顔はさらに増した。
「だって、ねぇ?」
にやにやするアニーは、横に立つラルフへと同意を求めた。彼は僅かに口元を緩めて笑うと「無粋な真似はしたくないな」と答える。
二人の言っている意味がさっぱり分からないわ。
「しゃあない。今日はラルフと二人で飲むか」
「俺は奢らんぞ」
「ケチね」
「アニー、どういうこと? お祭り、一緒に楽しもうよ!」
慌ててそう尋ねると、アニーは赤い爪で私を指し示す。その指は、すっと下へとおりた。それに釣られて視線を落とすと、キースと握り合った手が視界に写った。
一拍置き、キースと顔を見合う。
咄嗟に手を離すと、アニーはますます楽しそうに笑い、ラルフも口元を手で覆い隠して肩を震わせはじめた。
「はー、どっかにいい男いないかしら!」
「俺はその勘定に入らないのか?」
「ねぇ、誤解だよ、アニー!」
「五年も一緒に仲間やってると、恋愛感情なんて生まれないわよ」
「そういうものか」
「三年前なら、まだチャンスはあったかもね」
「ちょっと、聞いてってば。アニー、ラルフ!」
ひと際大きな声で二人を呼ぶと、アニーは大口を開けて笑い出し、ラルフは堪えきれない声を溢しながら背を向けた。
この時、私は全く気付いていなかったけど、後ろで額を押さえたキースが耳まで真っ赤にしていた。それを、二人は嬉しそうに見て笑っていたのだ。
「ごめんごめん、あまりにも初々しくって……あー、可笑しい!」
「冗談だ、ミシェル。ほら、そう拗ねるな」
「お詫びに驕るから、ご飯食べに行こう。ね!」
無意識に膨らませていた頬をつついたアニーが、私の手を引っ張る。
ご機嫌を取るアニーに「スイーツ食べていい?」と聞くと「奢っちゃう!」と気前のいい返事が返ってきた。
そうして歩いていると、後ろからラルフとキースの会話が少しだけ聞こえてきた。
「マーヴィンがいなくて良かったな。いたらこんなもんじゃすまないぞ」
「……うるせぇ」
「あいつの過保護ぶりは凄まじいからな」
「知ってる」
「しかし、まさかお前がとはな」
「……何の話だよ」
「お前がミシェルに、本気になるとは思ってなかった」
「俺が一番驚いてる」
雑踏に、二人の会話がかき消される。
断片的にしか聞こえないけど、多分、私のことを話しているんだな。
「年の差もそうだが、生まれも価値観だって違うだろう?」
「そうだろうな。だけど、あいつは俺の知ってる貴族とは違う」
振り返ると、二人が足を止めた。
「何の話してるの?」
「大したことじゃねぇよ。ほら、さっさと行くぞ」
「ミシェル、色々面倒な奴だけど、キースを頼むぞ」
「え、ラルフ、なにそれ?」
「こいつは俺の倍、年くってるくせに、ガキみたいなところがあるからな」
「それ、分かる―! 変なとこでお子様よね。案外、泣き虫だったりして」
「うるせー、お前ら!」
真っ赤な顔をしたキースはさっさと歩き出す。
「待ってよ、キース!」
追いかけて横を歩くと、大きな手が頭を叩いてきた。そうして、視線があった時、曲芸師の投げたボールがぽふんぽふんっと音を立てて破裂した。
「俺には、もったいねぇよ」
破裂音の中、キースが何かを言った。
小鳥たちが青い空を目指して飛んでいき、沿道の観客からは歓喜の声が上がった。
「え? 何? 聞こえなかった」
「今夜は飲むぞ!」
「ねえ、キース!!」
魔法の花が咲き乱れる中、歓声を背にして私はキースを追いかけた。
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