第48話 星祭りの食べ歩きグルメ
今夜は星祭り最後の夜。
カンテラの灯を夜空に送り、故人へと思いを馳せる聖なる夜。人々は白装束に身を包むことが習わしとなっている。とは言え、国外からの出入りもあるため、白装束でない者も街中には多くいる。
丁寧に梳かした髪を二つに分け、いつものように耳よりも高い位置でしっかりと結ぶ。真っ白なリボンで飾り、魔術学院推奨の白いローブに袖を通す。いつものローブと違って、レース織だからなんとも華奢な感じがする。
鏡の前でおかしいな所はないか確認をしてから、応接室に戻った。すると、お茶を注いでいたマルヴィナ先生が少しテンションの高い声で私を呼んだ。
「ミシェルちゃん! 可愛いわよ」
「……ううっ、真っ白な服って着慣れないから、そわそわする」
「ふふっ、夏用のローブって女の子のためにあるようなものよね。本当に可愛いわ!」
マルヴィナ先生が私に抱き着く勢いで可愛いを連呼するから、ますます恥ずかしくなってきた。耳まで熱くなっている。
ちらりとソファーに座るキースとお父様に視線を向けると、二人も言葉に困った顔をしていた。やっぱり、似合ってないのかもしれない。
「うむ……男は好んで着んだろうな」
「冒険に着ていくにはどうなんだ。色々と引っ掛かりそうじゃね?」
「お二方、そこは可愛いねって褒めるだけで良いんですよ」
呆れた声を上げたマルヴィナ先生は、私の髪に触れる。どうやらリボンが曲がっていたらしい。それを結びなおしながら、鼻息荒く言葉を続けた。
「素直にミシェルちゃんの可愛さを称えるべきです!」
「先生、もう、いいから」
今すぐにでも自室に駆け込み、いつもの赤いローブに着替えたいくらいに恥ずかしさが込み上げた。マルヴィナ先生の腕を引っ張ってぷるぷると首を振ると、先生はふんすっと息をついた。まだ言い足りない様子だけど、男二人が居心地悪くしていることにも気付いていたみたい。
こうしてマルヴィナ先生に送り出された私たちは、ギルド広場に通じるアーチー通りへときた。
エールや葡萄酒を格安で振舞うお店に、食べ歩きに最適な菓子やパンを売るお店。冒険者や旅行者、大人だけじゃなくて、子ども連れの家族も少なくなかった。若い女の子向けだろうか、アクセサリーやスカーフが並んだ露店もあって、学院の子も見かけた。中には魔法薬の素材を売る店や、古びた何かが積まれている怪しいものまであって、いつもとは違った賑わいがあった。
固焼きのスティックパンを買って、お父様とキースにも一本ずつそれを渡す。
「お父様も食べて! ここのホーンブレッド、とっても美味しいのよ!」
「砂糖をまぶしているのか。チーズやハムを撒きはするが……珍しいな」
「銀麦のモナだな。ここって菓子パンが美味いんだよな」
「そう! ホーンブレッドに蜜や砂糖をまぶしたのを売り出したの、ここが最初よね」
南の通りの端にあるパン屋<銀麦のモナ>は老夫婦が営む小さなパン屋だった。三年前に娘夫婦が手伝うようになってから菓子パンの種類が増え、若い層の口コミで人気に火が付いた繁盛店だ。
渡したホーンブレッドを一齧りしたお父様は少し目を見開いて、ほうっと感心したような声を溢した。
「美味しいでしょ?」
「甘いホーンブレッドというのは初めてだ」
「お父様でも初めてのことがあるのね」
「護衛や公務でもない限り、グレンウェルドを訪れることはないからな」
厳格なお父様の意外な一面を見た気がした。高揚する気持ちを抑えきれず、気付けばその大きな手を引っ張っていた。
「それじゃ、最近流行ってるお菓子も知らないわよね! いっぱいあるのよ!」
「バンクロフト傘下の菓子屋も屋台出しているんじゃないか?」
「そうね、お父様にも食べてもらいたいわ!」
キースの一言に、最近バンクロフトで売り出し始めた紅茶を練り込んだクッキーを思い出した。あれは絶対、お父様も気に入るわ。
大きな手をぐいぐい引っ張ると、お父様は困ったように笑いながら足を踏み出す。
「先ほど、朝食を食べたばかりではないか」
「甘いものは別腹よ!」
やれやれと言いながらも、目を細めたお父様は口元に皴を作った。
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