第45話 勘違いからの大告白?
ほんの数秒、お父様が口にした言葉の意味を考えて眉間にしわを寄せた。傷ものって……確かに、私は怪我したけど。
ロン師が「しかしな」と言葉を濁すのが聞こえてきた。同席するキースは何も言わずに困った顔のままだわ。
ふと手首に残る擦り傷を見た私は、ハッとした。もしかしてお父様、キースが私の部屋から出てきたのを見たりして、何か、良からぬ勘違いをしたのではないだろうか。
脳裏をある小説がよぎった。
以前、学友から見せてもらった巷で流行っているらしいそれは、とてもバイオレンスなものだった。女性を監禁したり痛めつけるような愛の形が描かれていて、私は全く理解できなかったんだけど、そういった世界もあるみたい。物語だから楽しめるんだって聞いたけど、現実ではあり得ない。
もう一度、自分の手首を見る。そうして、もう一度キースを見て──
「お父様! 違うの、キースは悪くない!」
私はドアを勢いよく開けて部屋に飛び込んだ。
その場にいた全員の視線が私に注がれる。
「彼は私を助けてくれたの! 傷物にしたとか、そういうことじゃ」
「お、おい、ミシェル……落ち着け」
「キースは黙ってて!」
ぴしゃりと言い放つと、彼は額を手で押さえるようにして頭を抱えた。
前のめりになって座っていたお父様は、驚愕した表情のまま、私の名を呼ぶ。
「ミシェル、これはだな」
「お父様が思っているような、ふしだらな関係じゃないわ。キースはいつだって私を仲間として、一人の魔術師として認めてくれているの。誰にも恥じることのない、大切な人です!」
捲し立てるように言い放つと、お父様は気圧されたように「ああそうか」と頷いた。
微妙な空気が流れた。
あれ? 私、何か変なこと言ったかしら。
ちらりとキースの方を見ると、彼は困り顔で耳まで赤くしている。その横にいる魔術師と思われる男性は、必死に笑いを堪えているようで、肩を震わせていた。
ごほんっとわざとらしいロン師の咳払いが響いた。
「ミシェル、傷はもういいのか?」
「だから、ロン師、この傷は!」
「ネヴィンであろう? 報告は受けている。その話をラウエルにしていたところだ」
「……え?」
この時、私はすっかり、その名前を忘れていた。
もう一度キースを振り返ると、いたたまれない様子で視線をそらされた。次にお父様を見れば、こちらも何をどう言ったらよいのか困っているのが明白だ。
「騎士団からの報告を受け、現場で使われた魔術の痕跡、使用された魔具、魔法薬等の回収、検分も終わっておる。残念だが、ネヴィンは除名処分が決まった。それらを、
淡々と説明をしたロン師は、空いている椅子を示した。
「ひとまず、座りなさい」
「……はい」
言われたまま椅子に腰を下ろし、自分の告白をまざまざと思い出す。
つまり、私は盛大に誤解をしてキースのことを
「さて、ラウエル。おぬしの気持ちも分からんではない。だが、グレンウェルド国外の伯爵家の子を手荒に扱うことは出来ない。今回のことはドラゴンウィングに仔細を伝え、しかるべき処分を頼むことが妥当だと考えておる」
「し、しかし……」
「除名とはすなわち封印だ。火をつけることはおろか、魔力を感知することすら出来なくなる」
言い淀むお父様に告げられた言葉に、私はハッとして顔を上げた。
魔力とは生きとし生けるもの全てが持っている。魔術師は保有する魔力で他の魔力に干渉し、術を完成させる。その為、自身の魔力、対象の魔力などをいかに感知するかが重要だ。基本の魔法を覚えればいいって訳じゃない。だから、感知することすら出来なるということは、未来がないと言われるも同然。
「ロン師! それじゃ、ネヴィンはもう……」
「あぁ、そうだ。魔術師としての道は永劫に閉ざされる」
静かに告げたロン師の言葉に、手が震えた。
ネヴィンのことは許せない。私に酷いことをしたのもそうだけど、魔法を悪いことに使おうとしたことも許せない。それでも、魔術師の高みを目指す自分がもしも、封印なんてされたらと思うと、その処罰の重さに緊張が走った。
ロン師の視線を受け、お父様は膝の上で拳をきつく握りしめ、奥歯を噛み締めている。
「ラウエル、時間をかけて習得したものが失われることの過酷さは想像がつくであろう。竜騎士が竜を失うようなものだ」
「それは……」
「それで、十分ではないか?」
重苦しい空気の中、お父様は低く「分かりました」と頷いた。
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