第41話 「酒を飲む気分じゃねぇよ」(キース視点)

 赤い蝶に導かれたキースたちが見つけたのは、職人通りの中ほどにある小さな空き店舗だった。

 数か月前から空いていて、人の出入りもなかったと近隣の店で聞き「友達が浚われて監禁されているかもしれない」とアリシアが訴えたことで、近隣の職人たちも総出で行動してくれたのだ。


 騎士団の詰め所に走る者、店舗の所有者に事情を報告に行く者、怪我人が出る恐れを危惧して神殿に助けを求めに行く者と、次々に名乗りを上げて動きだした。

 アリシアはこのときのことを、自身がバンクロフト商会の一人娘として知られていたことに感謝したことはないと、後々まで語っている。

 

 店内はうっすらと埃が積もっていた。

 その中に見つけた真新しい足跡の上を、赤い蝶が飛び越えた。ひらりひらりと舞う姿を追って地下へ向かったところでネヴィンを見つけたのだ。薄暗い倉庫の奥で、必死に抵抗するミシェルと共に。


 昔の自分だったら、問答無用でその背中を切り捨てていただろう。──騎士団に連行されていくネヴィンを見ながら、キースは奥歯を噛んだ。

 

「よく耐えたわね」

「……何のことだよ」

「あんた、人殺しそうな目してたわよ」


 図星をつかれ、キースは思わず片目を左手で覆った。


「まぁ、ミシェルの傷も大したことなかったみたいだし、良かった──」

「良いわけないだろう」

「──まぁ、でも、操は守れたみたいだし」

「そういうことじゃないだろう!」

「……そうだけどさ」


 キースが感情的に怒るところを始めた見たアニーは、少し目を見開いた。


「ちょっと、ムキになりすぎじゃないの?」


 いつもの飄々としているキースはどこに行ったのか。返事のない彼の横顔を見て、アニーは肩をすかしてため息をついた。

 

 応急処置を受けたミシェルに加え、キース達も事の次第を聴かれることになった。全員が解放されたのはだいぶ遅い時間だった。

 駆け付けたロンマロリーとマルヴィナに支えられて帰るミシェルの背を見送ったキースは、煙草に火をつけるとその紫煙を深く吸い込んだ。


「体に毒ですよ」


 細く息を吐き出しながら、キースは声の主に視線を投げた。そこにいたのは騎士たちと共に駆け付けた司祭の一人、マーヴィンだ。駆け付けた時は随分と悪人面になっていた彼も、いつもの落ち着きを払った顔に戻っている。


「何の心配してんだよ」


 心配する相手が違うだろうと暗に言い、キースは煙草をくわえる。その様子に、マーヴィンはあからさまに不快を示した。


「キース、話があります」

「俺はない。つか、お前仕事はどうしたんだよ。戻らなくて良いの?」

「直接戻る旨伝えました。問題ありません」

「あっ、そ」


 だが自分には話すことなどないと言うように、キースは背を向け、ぽつりぽつりと街灯がともる夜道を歩き出した。


「どこに行くんですか?」

「帰るだけだ」

「では、今から一杯、付き合いませんか?」

「酒を飲む気分じゃねぇよ」

「それでも、付き合ってもらいます」

「アニーでも付き合わせとけ」

「いいえ。今夜は貴方に付き合ってもらいますよ。そんな今にも人を殺しそうな眼をした貴方を、野放しにするわけがないでしょう」


 立ち止まったキースは、がしがしと髪をかき乱して「るわけないだろう」と呟くと、すぐ横に立つマーヴィンを恨みがましい目で見た。


 ため息とともに、胸に吸い込んだ煙を吐きだす。そうして、わずかに視線の高いマーヴィンを下から睨むようにして見たキースは奢りだろうなと尋ねた。それにマーヴィンは笑って、当然ですと頷く。


 紫煙をくゆらせたキースは、彼の肩を叩くと目抜き通りに向けて歩きだした。そのすぐ後ろ姿を見ながら、マーヴィンは極力穏やかな声で尋ねた。


「あなたに一度聞こうと思っていたのですが、彼女のことをどう思っているのですか?」

「……またその話か。どいつもこいつも」

「私は真剣に聞いているんですよ」

「真剣にって言われても、んなこと考えたこともねぇよ」

「なら、きちんと考えてください。二人とも、私にとって大切な仲間です。その仲間には幸せになってもらいたいと思っ──」

「分かんねぇよ」


 真剣なマーヴィンの言葉を、気の抜けた声が遮った。

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