第40話 ネヴィンの歪んだ感情

 冷たいダークブルーの瞳が私を見つめている。


「……あなたが、仕組んだの?」

「あぁ、奴らは金さえ積めば何だってやるし、約束など守らないってことがよく分かっただろ? あのハーフエルフも同じだ」

「ふざけないで……キースはこんなことしない!」

「どこまでもおめでたいお嬢様だ。あの男がクインシーなどと言うのを信じているのかい? あの男は、ただの冒険者だ」

「クインシーなんて関係ない……あなたは、キースのことを何も知らないじゃない。私の大切な人を侮辱しないで!」

「知っている! ヤツは冒険者だ。それも世間ののハーフエルフだ。それがどういうことか知らないのは、貴女だ!」


 怒声を上げるネヴィンの目に宿るのは憎しみのようだった。ハーフエルフに恨みでもあるというのだろたいか。

 彼の勢いに気圧されそうになった。でも、そんな言い分おかしいわ。


「勝手なこといわないで! そそのかされたあの男達よりも、あなたの方が何倍も汚いわ!」

「唆した? 変なことをいう。俺は正式に依頼をしただけだ。『探し人を連れてきてほしい』と」

「物は言いようね。そのやり口が汚いっていってるのよ! 私に用があるなら、直接言いに来ればいいじゃない」

「……どうして分からないんだ?」

「分かりたくもないわ!」

「どうしたら……どうしたら、僕が誰よりも君を心配し、誰よりも大切に思っていると、分かるんだっ!」


 突然の告白を理解なんて出来ようか。

 私を見つめるその目は、狂気としか言いようがなかった。

 熱を持った指が頬に触れ、ぞわりと背筋が粟立つ。

 

「嫌っ! 離して!」

「分かろうとしない貴女が悪いんだ。だから、分からせるしかない。だから!」


 顎を掴まれ、逸らした顔を無理やり向き直された。近づく顔のおぞましさに全身から血の気が引いていくようだった。


「嫌って言ってるでしょ! やめ……ヤダっ!」


 泣き出しそうになるのを堪え、顔を必死に背けて逃れようとして瞳を閉ざす。恐怖と混乱で、助けてと小さく言うことしか出来なくなった。その時だった。

 

 私の頬を掴んでいた手が離れ、ネヴィンの体が傾いだ。

 私の足元に倒れ込む体から視線をそらし、おもむろに顔を上げる。すると、怒りの形相をしたキースと目が合った。その手は固く拳を握って震えている。

 緑の目が、悲し気に細められた。

 どうしてここに。──尋ねようとしたら、彼の後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。


「ミシェル!」

「……アリシア?」

「酷い……こんなにたれて」


 キースの後ろから飛び出してきたアリシアは、泣きながら私に飛びつく。

 どうして、キースとアリシア、それにアニーまでいるの。

 全く状況が理解できずにいると、むき出しになった私の胸元に、ひらりひらりと赤い蝶が停まった。

 赤い蝶は翅を閉じると、水に溶けた絵の具のように滲み、体の中へ沁み込むように消えた。


「ごめんね。私がもっと早く、ここを見つけられれば」


 泣きながら手首を縛り上げている紐を解いてくれたアリシアは、次いで、腰に巻きつく縄の結び目に指をかけた。

 自由になった白い手首には、擦り傷が出来ていた。

 さっきまで起きていたことが、まざまざと蘇る。その恐怖に体が強張った。

 

 俯くと、ぱさりと頭から何かがかぶせられた。鼻をすんっと鳴らすと、仄かな煙草の香りがして、それがキースのマントだと気付いた。

 そっと彼を見上げてみると、そこにいたのは、やっぱり凄く怒った顔だった。今まで、一度も見たことのない顔だ。


「……キース」


 精いっぱいの声で彼の名を呼ぶと、振り返ったキースはしゃがみ込み、マントの上から私の頭を撫でるように触れてきた。


「被ってろ。それでもないよりましだろ。……おい、アニー! こいつら騎士団に突き出すから手伝え!」

「あら、優しいのね。てっきり、ボコボコにしちゃうかと思ったのに」


 私を縛り上げていた縄を拾い上げ、アニーは苦笑する。

 すっかり伸びている男たちを縛り上げながら、キースは「殺してやりてぇぐらいだよ」と低く吐き捨てた。

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