第39話 ゴロツキの後ろにいる者

 悲鳴をあげる声は猿轡さるぐつわに遮られた。


「ちっせぇけど、ちゃんとあんじゃねぇか」

「ふぐっ、んんーっ!」

「揉んでデカくしてやったら良いんじゃねぇか?」

「お、優しいな」


 ゲラゲラと笑う男たちの手から逃れようとして体を捻ろうとしても、剥き出しの腕に荒縄が擦れて痛みが走るだけ。

 小さな胸のふくらみを鷲掴みにされ、痛みと同時に恐怖が襲ってきた。


「少しくらい痛めつけて良いって話だったしな」

「あのハーフエルフが悔しがる顔、見てぇし、食っちまおうぜ」

「あぁ、俺たちをバカにした報いを受けてもらおう」


 この男たちは何を言っているんだろうか。

 体が震え出し、それを堪えるように猿轡をきつく噛んだ。

 恐怖だけじゃない。この震えは、怒りだ。

 

 八つ当たりも良いところだわ。そんなんだから、キースに負けるのよ。何なの、このクズどもは。黙っていいようにされると思ってるなんて……魔術師を、甘くみないで!

 

 目の前の男を睨みつけると、その口元がにちゃりと歪んだ。その直後、私は唯一自由になる足で、目の前の男の股間を遠慮なしに蹴り上げた。


「んぐぅっ……!」


 情けない声を上げ、男は体を丸める。それを見た小柄な男は「このガキ!」と声を荒げた。

 容赦のない平手が振り下ろされる。だけど、それにめげている場合じゃない。

 

 魔術師の底力、見せてあげる!


 男達を片足で払い、利き足のつま先で素早く床に印を刻む。──これでも、食らえ!


 刻んだ印にかかとを振り下ろそうとしたその時、うずくまっていた男が、私の足首を掴んだ。そうして薄暗い中、男は脂汗を垂らす顔を上げた。

がすぎるなぁ……おい、お前ら! 両足押さえてろ。悪さが出来ないようにしてやろうじゃないか」


 大柄な男の指図を受け、男達は私に手を伸ばす。足を抑えつけ、スカートが捲る。ごつごつとした指が、柔らかな太股を無遠慮に掴んだ。両足は開かれ、あられもない格好を晒される。

 暗闇に下卑た笑みが浮かんだ。

 

 恐怖に全身が強張る。どんなに暴れて足を閉じようとしても、男二人の力には敵わなかった。

 声にすらならない悲鳴を上げるしか出来ないなんて。

 ざらざらとした指が肌に触れる。嫌悪感で胃の奥が震える。


 誰か、助けて!──言葉にならない悲鳴を発した時だった。彼らの背後の扉が開き、風が吹き込んできた。

 男は手を止め、これからというところに割り込んだ邪魔者を恨めしそうに振り返った。直後、ばつの悪い顔をして男の手が離れる。


「何をしているんだ、お前たち。僕は少しくらい怪我をさせても良いとは言ったが……彼女をけがして良いとは言っていない!」


 男が何か言いつくろうと口を開いた直後だ。熱風が吹き上がり、彼らの体が壁へと叩きつけられた。


 あまりの風圧に、思わず瞳を閉ざした。ややあって目蓋を上げれば、蛇が床を這う姿が飛び込んできた。いや、それは蛇ではなく墨色の紐のようで、帯状に伸びた影だった。


 うめく男たちを、影が捉えて締め上げる。

 男たちは「何をしやがる」と異口同音に喚き散らしていたけど、きつく締めあげられたのか、カエルが潰れるような声を発して黙り込んだ。気を失ったのかもしれない。


 静けさの中、私の心拍数が上がっていく。きっと、これは恐怖だ。

 どうして彼がここにいるのか。なぜ、男たちを知っているようなことをいっていたのか。


 背筋を汗が濡らしていく。

 

 入り口に立つその人影へと尋ねた。

 怒りの形相の彼は男たちを一瞥し、私に歩み寄るとしゃがみ込みんだ。

 冷たいダークブルーの瞳が私を見つめた。


「これが汚い冒険者というやつだよ」


 冷たく言い放ち、彼は私の猿轡をほどいた。


「……どうして、貴方がいるの? ネヴィン」

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