第38話 暗い地下室で目を覚ます

 気が付けば、暗闇の中にいた。

 ここはどこだろう。私、どうして……ぼんやりとしながら、自分のおかれた状況を確認するように指を動かした。そうして、自分が後ろ手に荒縄で縛られているのだと気付く。口に猿轡さるぐつわを噛まされているし、身体は何かに縛られている。柱かしら。


 猿轡で声は出せないけど、この程度の紐なら、魔法で焼き切れるはずだわ。


 だけど、いくら集中して魔力が上手く練れなかった。紐に、魔力を阻害する魔法が織り込まれているのかもしれない。さすがに、これは厄介ね。


 どうにか紐を緩められないかと手首を動かしていると、そこがじくじくと痛み始めた。擦れて切れたのかもしれない。

 紐を解くのは無理そうだった。


 暗い部屋は、どんなに目を堪えても真っ暗でよく分からない。埃とカビの臭いがするし、窓一つないから、どこかの地下室なのだろたい。


 ズキズキと痛む頭で記憶を辿ってみた。


 帰り道、アリシアと別れた後、誰かの声が聞こえたんだ。か細くて、苦しそうで。誰か具合の悪い人がいるんじゃないかと思って探していたら、誰かに捕まったのよ。甘い香りだったわ。とたんに意識が途切れたから、あれは睡眠効果のある魔法薬ってとこかしら。


 身の上に起きたことを思い出している内に、頭痛は治まり始めた。眠らされたときに使った薬の影響だったのだろう。どのくらい時間が経過したか分からないけど、頭痛と倦怠感以外に問題はなさそうだ。薬に依存性がないことを祈るばかりだけど──そうか。私は攫われたのね。


 結論付けて、ほっと安堵した。

 あの場で誰かが具合が悪かったとか、攫われる場面に出くわして助けられなかったとか、そんなんじゃなくて良かった。

 幸いなことに足は縛られていない。この手首さえ自由になれば逃げ出せる。


 そう考えていると、ガチャガチャと鍵の回される音がした。

 身を固くしていると、開けられた扉がギギギっと錆びてきしんだ音を立てた。随分古びた部屋のようだ。


 部屋に光が差し込んだ。

 入り口に立つのは男三人。目を凝らしてみた顔には見覚えがあった。いつぞや、ギルド広場で言いがかりをつけて騒ぎを起こしたゴロツキだ。


 咄嗟に「あんた達!」と叫んだけど、猿轡に遮られて言葉にはならない。


「こうも簡単にいくとはな」

「魔法ってのは本当に便利だな」

「おい、やたらなこと言うな」

「どうせ誰も聞いちゃいねぇって」

「おい、ガキが起きてるぞ」

「あ? チッ、薬が足んなかったか?」


 男がカンテラを片手に近づいてきた。

 大柄な男が一人、私の前にしゃがみこむ。勝ち誇った笑みを浮かべて「よぉ、気分はどうだ?」と問いかけてきた。

 言いたいことはあったけど、猿轡をギリギリと噛みしめて男を睨むことしか出来なかった。


「その目だ。気に入らねぇ……女は男に媚びてりゃ良いんだよ!」


 そう言った直後、振り上げられた平手が、私の頬を叩いた。

 バシンッと大きな音が空気を震わせる。もしも、柱に縛られてなかったら、私の体は数メートル飛んでいたかもしれない。


 だけど、こんなことで怯むもんか。

 男をもう一度睨めば、その顔に苛立ちが募ったようだった。


「お前、この状況分かってんのか?」

「あのハーフエルフが助けに来るとか思ってんじゃねぇの?」

「おめでたいお嬢様だな!」


 男たちはげらげらと笑っている。

 何を言っているんだろうか。

 どうしたらキースがここに来るなんて考えられるのか。そもそも、私が攫われたなんて誰も気付いていないだろう。


 自分で何とか紐を解いて反撃をしないと、逃げ道なんてない。そう思っていたから、誰かに助けを願うなんて微塵も考えていなかった。

 

 物語じゃあるまいし、颯爽とピンチに駆け付けるなんてあり得ないわ。

 男たちの夢見がちな発想に呆れて肩を落とすと、彼らは気をよくしたように笑った。私の様子が落胆したように見えたようね。本当におめでたい男たちだわ。

 とは言え、私が不利な状況に変わりはない。

 

「助けが来ないと分かったか!」

「そうやってれば可愛げもあるってもんだ」

「クソむかつくガキだが、女に変わりはないよな」


 不意に、男の手が胸元に近づいた。

 薄い布地が裂かれ、ビリリッと音を立てた。

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