第34話 ダークブルーの瞳にご用心

「無事にレポートが通ったことだし、夏休みを楽しみましょう」

「私、お祭りに行きたい!」

「それなら、これから一緒にギルド広場へ行きましょう。アニーさんと夕食の約束をしているのよ」

「アニーと?」

「えぇ、先日のお礼も兼ねてね」

「いつの間に仲良くなったの?」

「この間の帰り道で意気投合したのよ」

「アニーとアリシアが?」


 アニーはさっぱりとした女性だし、誰とでも仲良くなれちゃうとは思う。だけど、アリシアと話が合うとしたら何だろう。アニーもお金が大好きだし、もしかしたら、何かお金儲けの話でもしたのかな。


 不思議そうに首を傾げていると、アリシアは意味深な顔で私を見た。


「友人の恋って応援したくなるのよね」

「……え?」

「何でもないわ!」


 今、恋って言った? まさかと思うけど、私のことを何か言ったりしてないわよね。

 二人が噂をしてるんじゃないかと想像したら、とたんに恥ずかしくなった。アリシアの手を引っ張って問い詰めようとしたその時だった。


 エントランスへ向かう階段に差し掛かり、階下から上がってくる人影が視界に入った。ネヴィンだ。


「おや、奇遇だね」

「……ネヴィン」


 好きになれないすまし顔が向けられる。

 思わず眉間にしわを寄せた私は「ご機嫌よう」と告げ、さっさとネヴィンの横をすり抜けようとした。だけど、彼はわざとらしく私を呼び止めた。


「ミシェル嬢。まだ、あのハーフエルフと関わり合いを持っているんだね。僕が再三、忠告をしたというのに」


 立ち止まり振り返ると、蔑むような冷たいダークブルーの瞳が私を見ていた。

 どうして、そんなことを言われないといけないのよ。

 

「あなたには関係ないことでしょ。人の交友関係に口を挟まないで!」

「……どうして分からないんだ。僕は、君を心配しているだけなのに」


 ふいに肩を掴まれる。

 ネヴィンの声がわずかに低くなる。それが重く響き、私は足をすくませた。その目から感じるのは憎しみだ。どうして、そんな目をされなければいけないのか。


 暗い目に恐怖すら感じ、私はネヴィンの手を振り払った。そうして、アリシアの手を引っ張って階段を駆け下りた。


 階段を降り切りきって、後ろを振り返る。彼が追ってこないことを確認して胸を撫で下ろすと、アリシアが心配そうに話しかけてくれた。


「ミシェル、大丈夫? 顔が、真っ青よ」


 そっと私の背に手を回したアリシアの顔も、不安そうだ。

 大丈夫。そう言ってあげたかったけど、あの冷たい眼差しがまだ貼り付いているようで気持ち悪かった。震えそうになる手を握りしめ、何とか笑顔を作る。


「しつこい男ね。気にすることないわよ」

「うん……そうだね」

「今日は、帰ろうか? 顔色も悪いし休んだ方がいいかもしれないわ」

「……そうする。ごめんね」

「なんで、ミシェルが謝るのよ。祭りはまだ終わらないし、お茶はいつでも出来るでしょ。屋敷まで送るわ」

「大丈夫だよ。ロン師の家は近いし。それに、アニーと約束してるんでしょ?」

「そうだけど……」

「アニーによろしく伝えて」


 堅牢な学院の門を出たところで、アリシアの手を放した。


「でも、ミシェル……」

「大丈夫。もし具合が悪くなったら、途中のカフェで休むから」

 

 大丈夫だと言えたことに、自分でもほっと安堵して笑った。そう、大丈夫。

 渋るアリシアと別れ、私は人通りの少ない道をゆっくりと進んだ。

 

 いつもなら学生の通りが多いのに、その人影はほとんどなかった。


 ふと立ち止まったカフェの前で、臨時休業の札が下がっていることに気付く。具合もそれほど悪くなっていないし、このまま帰ろう。

 夏限定の新作アイスクリームを今度の楽しみにして、再び歩き出した。

 いつもの道を進み、いつもの路地を曲がる。


 その時、どこからか弱々しい声が聞こえてきた。ずいぶんと苦しそうな声だ。

 

「……だれか、いるの?」


 問いかけても返事はない。

 誰かが具合を悪くして倒れたのかもしれない。耳を澄まして声のする方を探って目を閉じた。その時、ふわりと甘い香りが鼻腔をかすめた。


 直後、口と鼻を何かで覆われた。


 息が出来ない。声も出せない。

 咄嗟に身を捻って逃げようとしたけど、大きな体が覆いかぶさるようにして、私を抑え込んだ。


 誰がこんなことを──その顔を振り返って見てやろうとしても、身動きひとつ出来ない。そうして、もがいている内に私の意識は遠くなっていった。

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