第33話 前代未聞のレポート5回再提出

 晴れ晴れとした気分で、私は「やっと、解放された!」と声を上げて伸びをした。


 私の後ろにあるのは、ポーティア女史の研究室。夏季休暇前に提出を言われていたレポートを、やっと受け取ってもらえたばかりだ。


 文法がおかしいから始まり、考察の甘さを指摘され、修正を繰り返すこと五回。

 新作のフルーツタルトも、パフェも、アイスクリームも我慢して、訂正に訂正を重ねてやっと妥協点を貰えた。


 涼しい顔をしたポーティア女史には「休暇中もしっかりなさい」と釘を刺されたけど、これで安心して夏休みを迎えられる。


 廊下の窓から見る中庭には、人影がほとんどない。補修がない学生は、もう里帰りしているのだろう。

 私はといえば、帰省せずにロン師の屋敷ですごすことを選んだ。今年こそは星祭を楽しみたかったからだけど、だらだらすごさないよう特別課題を用意しておこうとか、いわれたんだよね。

 

 特別課題は不安しかないけど、まずは星祭を楽しまないと。っていっても、すでに五日も過ぎているんだけどね。


 恋に気付いてしまったあの日以来、キースにも会っていない。今日はギルド広場にいるかな。──気持ちがそわそわとし始めたその時だった。


「ミシェル、レポート受け取ってもらえたの?」

「アリシア! 五回の再提出は前代未聞だって呆れられたけど、バッチリ!」

「それ、バッチリって言って良いの?」


 それこそ前代未聞だと顔を引きつらせるアリシアに少し唇を尖らせる。


「私は実践型なの!」

「そうね。でも、ミシェルは研究所に進路希望出してるんでしょ? だったら、ポーティア女史とは仲良くしておかないとじゃないの?」

「うぅ……そうなんだよね」


 脳裏に厳しい眼差しのポーティア女史を思い浮かべたら、背筋の凍る気がした。


 ポーティア女史は四十を過ぎていてお子さんもいる。でも、やたらと肌艶がよく年齢不詳で、一欠けらの笑みも見せないことから、氷の魔女という通り名がついた先生だ。学院の上位機関といえる研究所に所属している教員で、ひそかに片思いをしている男子学生も少なくないって噂もある。


「でも、意外だわ。実践型のミシェルが進路先に研究所を選ぶなんて」

「そうかな?」

「まあ、城塞や魔術師ギルドの内勤って感じじゃないし、開発機関もちょっと違う気はするけど」

「まぁ、開発でも良いんだけど……外に出られるとこなら、どこでもいいんだ」

「外?」


 不思議そうに尋ね返すアリシアに頷く。

 そう。私が今一番したいのは、冒険──外を知ることだ。


「研究所も開発機関も、探索に出るでしょ? 私、まだまだ冒険がしたいの!」

「そういうこと。彼と一緒にいる為ね」


 ははんと悟ったような顔をするアリシアは、私の顔を覗き込んだ。

 

「研究や開発を行う機関は、ギルドや神殿の協力を得て各地の遺跡を探索するものね。場合によっては、協力者を指定することも可能……ふふっ、恋ね!」

「ち、違うってば! 私は、魔術師として生きるために、研究所に行きたいの!」

「あら、国には戻らない覚悟が出来たってこと?」

「それは……」


 覚悟と言われ、言葉が詰まった。

 気持ちは変わっていない。だけど、そのことをお父様に告げる覚悟は、別問題だ。


 ネヴィンの嫌味たらしい顔がふと浮かび、私は思わず眉間に力を入れて俯いた。すると、アリシアは私の手を握りしめて引っ張った。


「私は、応援するわよ!」


 顔を上げると、いつもの自信に満ちた彼女の笑顔があった。


「配属が決まるのは一年後だし、さらに研修期間はその後。本採用は二年先」

「……うん」

「大丈夫。この一年で、貴女のお父様を認めさせるだけの実績を作れば良いのよ!」

「簡単に言わないでよ」

「ふふっ、実践ではあなたの右に出る学生はいないわ。自信をもって!」

 

 私の手を引っ張ったアリシアは軽やかに歩き出した。

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