第三章 星祭りの準備は大丈夫?

第26話 星祭りに欠かせないカンテラを買いに向かっただけなのに

 賑わう通りを歩きながら、私はちらりとアリシアを見た。


「ねぇ、パークス置いてきて良かったの?」

「良いのよ。それよりもカンテラの方が大切でしょ」

  

 アリシアに手を引かれ、キラキラとした飾りで彩られるアーチー通りを進んでいく。

 もうすぐ夏の風物詩、星祭りが始まる。その飾りつけで通りはいっそう華やいでいた。


 星祭りは、軒先に星の形をしたカンテラを飾り故人へ祈りを捧げる夏の祭り。カンテラには魔法の火が六日間灯され、七日目の晩に『星の灯』と呼ばれる魔法の火と共に夜空へと打ち上げられる。

 その星よりも眩い光に彩られる夜空を一目見ようと、多くの人が地方からも集まってくるのよね。若い層でちょっとした恋のジンクスが流行っているのも、祭りの賑わいに繋がっているみたい。


 片思いの相手と『星の灯』を眺めると恋が実る。──どこにでもありそうな噂よね。でも、星祭りの後には結婚する人が増えて神殿がひときわ忙しくなるらしい。その事実で信憑性が増してるんだって。


 アリシアも、それに乗っかろうとしているんだけど。


「ねぇ、アリシア。私は買わないからね!」

「何言ってるのよ?」

「私とキースはそういうんじゃないし」

「またそんなこと言って」


 つば広の白い帽子の下でアリシアは呆れた顔をしている。


「だったら、なおさら、自分の気持ちを知るためにも良いきっかけだと思うわよ」

「気持ちって……」

「ギルド広場を抜けた先に、素敵なカンテラを扱ってるお店を見つけたの。そこへ行きましょう!」


 日が沈む前に買い物を済ませようと、少し小走りになったアリシアは、少し浮かれているようだった。もしかしなくても、カンテラが欲しいのはアリシアなんじゃないかな。


 通りを横目で見ると、真新しいカンテラをもつ女の子たちとすれ違った。


 星祭りでは、様々な願掛けのためのカンテラが売り出される。その大きさは小ぶりなリンゴほどで、特に花の蕾を模した恋のカンテラが人気らしい。

 アリシアは、それをお揃いで買おうと言い出したのだ。私は買う予定なんてなかったのに。


 人混みを進んでアーチー通りを抜けると、賑やかなギルド広場に出た。


 この広場は、グレンウェルド国内の冒険者ギルドの元締めギルド・ペンロドをシンボルとし、時節を祝う祭りが開かれることで有名な場所だ。広場を囲むように様々な商店、酒場がひしめき合い、祭りがなくても日頃から賑わいを見せている。


 来週に迫る星祭りの催しもここで開かれる。演劇が疲労されたり、踊り子さんや吟遊詩人、楽団がパフォーマンスしたり、皆で踊ったりもする。


「ねぇ。アリシアは、パークスと星の灯を見るの?」

「──なっ!」


 突然の問いに驚いたらしいアリシアが、勢いよくこっちを振り返って、ほぼ条件反射で「違うわよ!」と叫んだ。だけど、その顔は真っ赤で照れ隠しなのがバレバレだった。


 色恋沙汰に疎い私だって、さすがに気付くわよ。


「やっぱり、そうなんだ」

「違うっていってるじゃない!」

「カンテラが欲しいのは、アリシアでしょ?」

「そうじゃなくて! その……」

  

 真っ赤な顔のアリシアに、いつもの冷静沈着さは微塵も見られなかった。


「パークスを星祭りに誘う女の子なんていないから、私が誘ってあげるだけよ。それに! 最近は勉強も頑張ってることだし、ご褒美くらいあげないと」


 捲し立てるように早口でいうアリシアは、勢いよく私に背を向け、そのまま前を見ずに足を踏み出した。

 その先に、軒先でお酒を飲んでいる人影が見えた。


「アリシア! 前っ──」


 慌てて止めるのも間に合わず、どんっと鈍い衝撃立ててアリシアがよろめいた。

 真っ白なつば広の帽子が石畳に落ちる。


 小さな悲鳴が口をついて出た。

 駆け寄った私は、アリシアがぶつかった人影を確認するように前方を見た。そこには大柄な男が一人。さらに、その後ろから顔を出したのは小柄な二人の男だった。


「いてぇな、おい」

「あーあ、酒がこぼれちまったな」

「うわ、勿体ねぇ」


 男たちは酒場の前で空樽を台としてつまみを広げ、手には各々ジョッキを持っている。

 ぎょろりとした目がこちらを見た。

 確かにお酒はこぼれているみたいだけど、ほんの数滴飛び散る程度だ。とんだ言いがかりだわ。


「ごめんなさい、よそ見をしてしまって」

「あー? ごめんなさいで済むかよ。せっかくの酒が台無しだ!」


 ガラの悪い男がそう騒ぐと、共に酒を飲んでいた男たちも「そうだそうだ」「金を置いていけ」と騒ぎ立て始めた。

 周囲からひそひそと声が聞こえてきた。

 大柄の男はその方角を見て「見世物じゃねぇ!」と恫喝した。

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