第25話 ご機嫌なアニーとノリの良い魔術師(キース視点)

 アニーの赤い唇がニヤリとつり上がった。


「やらしー。ミシェルに言っちゃおうかしら?」

「お前、いつから……」


 顔を引きつらせるキースとアニーの様子を面白そうに見ていた男は、肩越しにどうもと挨拶をする。

 ジョッキ片手に立つアニーはにこっと笑い、さらにキースを問い詰め始めた。


「ミシェルはそんなんじゃねぇ、てとこよ。何々、あんたミシェルが好きなの? 身分違いもいいとこじゃない!」

「私にはそのように聞こえるのですけどね。全く、認めないんですよ」

「……お前らなぁ」


 ちょっと詳しく聞かせなさいと言いながら、アニーは空いている椅子を引き寄せて二人の間に腰を下ろした。興味津々な顔は、まるで宝の山を前にしているようだ。


「でもさ、ミシェルとあんたじゃ身分差もそうだけど、年の差はどうなのよ?」


 ジョッキのエールを飲み干し、どんっとそれを台に下ろしたアニーは、二人のものも空だと気づき、店内を忙しく歩く給仕に「すみませーん!」と声をかけた。


「エール追加、三つね!」


 大きく手を振ったアニーは、少し離れた給仕が「少々お待ちを!」と声を張り上げると、横の男に向き直り、にこりと笑った。


「はじめまして、魔術師さん。キースの知り合いかしら?」

「おや、どうして私が魔術師だと?」

「違ったら謝るわ。名前が分からないから、とりあえずそう呼んだだけよ。私はアニー、よろしくね」

「これは失礼しました。レイと申します。お察しの通り、魔術師をさせて頂いてます」

「やっぱりねー。なんか、そういう雰囲気ってあるじゃない!」


 皿の上に残るチーズへと手を伸ばしたアニーは、ころころと笑った。


「おやおや、なんとも快活なお嬢さんですね」

「やだ、お嬢さんとか言われたの初めてよ。ちょっと、キース! どこでこんな素敵なおじさまと知り合ったのよ!」

「うるせぇな……昔からの知り合いだよ!」


 追加のエールがテーブルに置かれ、それを手に取ったキースは一気に煽った。


「なに、怒ってんのよ。遅い反抗期ってやつ?」

「なんと。それはめでたいですね。では、鳥の丸焼きでも頼みましょうか」


 面白そうにアニーの揶揄いに乗ったレイが提案すると、彼女は目を輝かせた。


「ノリがいい人って好きよ」

「それは光栄です」

「お前ら、いい加減にしろ」


 本気で鳥の丸焼きを頼もうとしているのか、レイは壁にかかるメニュー表を探して「ありますね」と笑った。

 深々とため息をついたキースは「勝手にしろ」と呟いて窓の外に視線を投げた。直後だ。

 

 キースの手がぴくりと震え、止まった。

 窓の外を向いた彼の綺麗な緑色の瞳が見開かれた。直後、その手が空のジョッキにぶつかり、食器に当たってカタカタと音を立てた。


「どうしたの、キース? あら、ミシェルじゃない」


 キースの視線の先に気づき、アニーはにやにやと笑う。

 窓の外の通りをミシェルが楽しそうに喋りながら歩いていた。その横にいるのは、アニーでも見覚えがあるアリシア・バンクロフトだ。


「お友達と一緒みたいね」

「おや、一緒にいらっしゃるのはバンクロフトのお嬢さんですね」

「なぁに、レイってば詳しいのね」

「マザー家のご令嬢と、大商会バンクロフトのお嬢様ですからね。知らないのは、よほどのゴロツキでしょう」

「ゴロツキねぇ……あら、なんか様子がおかしくない?」


 三年前、マザー家など知りもしなかったアニーは苦笑を見せると、窓の外を見て顔を歪ませた。

 通りの向こうで、人相の悪い男達が数人、ミシェルとアリシアの行く手を阻んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る