第24話 キースと壮年の魔術師(キース視点)

 ミシェルがアリシアと顔を突き合わせていたころから少し時を進めた町の酒場で、キースが「だーかーら!」と、苛立った声を上げていた。

 

 照り付けていた陽が僅かに傾き、心地よい風が抜けるようになった夕暮れ前。

 酒場は、少し早い晩酌を求める冒険者たちで賑わい始めていた。夏の暑さの中でのむ酒は格別とばかりに、昼間から泥酔して出来上がっている輩もちらほらいる。

 

 その喧騒の中、キースは不機嫌そうな顔をして、向かいに座る男から視線をそらした。


「あの場合、仕方なかったんだって」


 エール片手に髪をかき乱したキースは、目の前に座る亜麻色の髪をした男から、痛いほどの厳しいし視線を向けられている。

 ローブ姿の男は見たところ四十路半ばの魔術師だ。彼は冷ややかな目でキースを見ていたが、しばらくして、諦めたように深いため息をついた。


「他に騙れる家名もあったでしょうに」

「やたらなこと言った方が危険だろ? アスティン卿は最近いい噂がねぇしな」

「そうですが……旦那様には今回のことをご報告させて頂きますよ。マザー家にも」

「……あー……出来れば、俺のことは伏せてもらえたら──」


 再びぎろりと睨まれてキースは身をすくめて「無理ですよねぇ」と言葉を濁した。


「久々に様子を見に来てみれば……後始末をするこちらの身にもなってほしいものです」

「いや、俺、普段は大人しくしてるよ? 今回は、あのガキがミシェルを泣かせたから」


 ちょっとした牽制のつもりだったと、尻すぼみになりながら言いつくろうキースの様子に、男は小さく噴き出して笑いだした。

 突然、肩を震わせる様子が理解できず、キースは「何だよ、気持ち悪ぃな」と悪態をつく。


「だいぶお気に召されているご様子ですね」

「は?」

「マザー家のご息女のことですよ」


 したり顔になった男は目を細めた。しかし、何を言われたのかさっぱり分からないキースは、眉を顰めるばかりだ。

 という意味は何なのか。言葉通りに捉えれば、相手に興味関心を持っているということになるのだろう。


「あなたが人並みに恋愛感情を持ったのですから、喜ばしいと言えば喜ばしい話です」

「はぁ? 何言ってんの?」

「きっと、旦那様も喜ばれますよ」


 そう言った男は、ジョッキに残っていたエールを飲み干した。その様子から視線をそらしたキースはふとミシェルの笑顔を思い出す。


 屈託ない、天真爛漫でのような少女。つぶらな青い瞳はどこか挑戦的で、いつだって真っすぐこちらを見る。曲がったことが嫌いな彼女が全力で走っていく姿は、小動物っぽさもあり、愛らしいといえばそうだろう。


 確かに、あの笑顔は好きだ。笑っていてほしいと思う。だが、これが恋愛感情というものなのか。そう言った、じゃない。と考えたところで、キースは小さく舌打ちをした。


「……ミシェルは、そんなんじゃねぇよ」

「おや、そうなんですか? 私には、そのようにしか聞こえませんが」

「あいつは色々とお子様すぎるだろう」

「お子様ですか? 年齢的には、ご結婚の話があっても不思議ではありませんよ」

「そうじゃなくて。そもそも、俺の女の好みは、もっとこう胸がでかい──」


 両手を、女性の肉感ある曲線を表すように動かしたキースは、男の真後ろに立った人影を見て言葉を失う。そうして、口の端を引きつらせて「アニー」とその名を口にした。

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