第23話 クインシー公爵家の惨劇

 黙り込んで考えていると、パタンと音がした。そちらに視線を向けると、パークスが教本を閉じてこちらを見ていた。


「なぁ、ミシェル。クインシー家は、ジェラルディンの秘密とかなのか?」

「……そうじゃないよ。ただ、ちょっと古い話だけど」


 パークスの質問に首を振って否定する。

 そう、別に禁忌な訳じゃない。なんなら、小さな子でも知っている昔話のようなものだ。


「ジェラルディンは、小国が連合協定のもと纏まった国家なのは知ってるでしょ?」

「商人の子どもでも知ってることね。確か、成り立ちは三百年も前よね」


 三百年前、現在のジェラルディン連合国一帯では、数多の小国によって争いが繰り返されていた。それを五つの国が制し、無益な争いを起こさぬことを誓い合い一つにまとまった。

 グレンウェルド国外に販路を広げている大商会の子ともなれば、他国の歴史や風習なども学ぶのだろう。アリシアやパークスもその成り立ちをおおよそ把握していたみたい。


「今、ジェラルディンで国として機能しているのは四つだったよな?」

「そう。私の生まれたブルーアイ、アスティン家のあるブラックウィング、それと、西のホワイトスケイル、南のレッドテイル」

「それも知っているわ。中央に位置するゴールドブレスは国ではなく、四つの国が共に国政を行うための機関なのよね」

「うん……でも、昔はゴールドブレスも国だったの。五つの国の中で最も多くの竜を従えていたことで他国に脅威と思われ、連合協定がまとまらなかった……でも、ブレスの王は竜の解放と国を失うことを条件に各国をまとめ、諸侯も散々になったの」


 そこまで話すと、パークスが「まさか、クインシー家ってのはその王族なのか?」と尋ねてきた。


「違うよ。ブレスの公爵家の一つだけど……クインシー家は、王族を守っていた一族よ。ただ、ホワイトスケイルによって断絶されてしまったの」

「断罪?」

「ゴールドブレス王の命を狙ったといわれてるの」

「王族を守ろうとした一族がまるで悪者のように語られているってこと? もしかして、キースはその末裔で、一族の名誉を回復しようとしてる、とか?」

「それはどうかな……今まで、クインシーなんて一度も名乗ったことなかったんたよ。アリシアだって知ってるじゃない」


 初めてキースと出会ったのは、学院を通しての護衛依頼だった。そのとき彼は、剣士のキースとしか名乗らなかった。

 それに、一族の復興と考えてるなら、冒険者なんてしてる場合じゃないと思う。


「それに、私はクインシー家が存続しているとは思えないの……クインシー家の惨劇は、国家転覆を謀らないよう教育するための歴史として語り継がれてるくらいよ。だから、私もネヴィンも驚いたのよ」


 歴史の真実はどうか分からないから。でも多くの貴族は、クインシー家が王族に成り代わろうと企てたとは思っていない。そう書き換えられた、スケープゴートにされたんだと考えている。

 だからこそ、クインシーの惨劇は語り継がれているのだと、私も教わった。


「じゃあ、キースはクインシーを騙ったってことよね?」

「だから、私にもキースのことは分からないし、話せないの」


 キースの生い立ちを知らない私では、彼の立場に立つのも難しい。あのとき、彼は何を思ってその名を口にしたのか。

 

 しばしの沈黙の後、首を捻ったパークスが「だからかもな」と呟いた。それに私たちが声を揃えて「どういうこと?」と尋ねれば、彼は私を指差した。


「クインシー家のことを話すだけで顔が真っ青になるくらいだ。ジェラルディンではよほどの惨劇として語られてるんだろ? 恐怖の象徴だって言うなら、ネヴィンを脅すのに丁度いいと考えたんじゃないかな」

「脅した? キースがネヴィンを?」


 全く理解ができずに首を傾げていると、アリシアは納得したように相槌を打った。


「なるほどね。ミシェルがネヴィンに困ってたから、クインシー家を騙ることで牽制したのね」

「たぶん。俺がその立場だったら、同じことしたと思うよ。素性が分からないからこそ使える手だけどな。クインシーは今もいる。長い年月を陰で生きてきたのには訳がある。それを察しろ。敵に回りたいのか、て具合にね」

「あのネヴィン相手なら、そのくらいした方が良いかもしれないわね」

「だろ。しかも、彼のあの容姿だ。ただの剣士には見えないってのは、疑心を招かせるのに丁度いい」

「そこまで彼が計算していたら、なかなかの曲者ね……パークス、そんなに深読みできるのに、どうして試験では点数が悪いのよ」


 納得がいったと言った顔で笑ったアリシアは、パークスが再び教本を広げると私の方を見て、意味深な笑みを浮かべた。


「大切に思われてるのね」

「……本当にそうなのかな?」

「え?」


 なんだかしっくり来ない。

 ハーフエルフの子を持つ貴族の話を、少なくとも私の周りでは聞いたことがない。もしもそうだとしたら、キースの立ち振舞いが庶民とは思えなかったのにも、納得できるけど。

 ジェラルディンは、確かにエルフ族との繋がりもある。だけど、血統にうるさい貴族が迎え入れるなんてことがあるのかしら。


「ミシェル?」

  

 黙り込んだ私の顔を覗き込むアリシアは、少し心配そうな顔をしていた。

 考えても答えは出そうにない。

 首を振って、なんでもないと答え、私は紅茶を口に運んだ。

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