第22話 お節介な親友
舞踏会から十日以上がすぎ、私は注目の的になって、あちこちからキースのことを尋ねられる日々が続いていた。
どんなに、キースは外に出るときの仲間だって言っても、なぜか話がねじ曲がってしまい、いつしか私の専属護衛騎士なんて噂にまでなっている。
正直な話、否定するのもほとほと疲れていた。
そんな時、アリシアがお茶に誘ってきた。ものすごく興味津々に目を輝かせて。きっと、何か誤解しているに違いない。それなら、誤解は解かないと。
そう思って訪ねたアリシアの部屋では、パークスも待ち構えていた。
「パークスもいるとは思わなかった」
「俺も呼び出されたんだよ」
「呼び出したって言い方はないでしょ? パークス、前回の試験結果が散々だったって、随分と、おじ様が嘆いていたわよ」
おじ様というのはパークスの父親のことだろう。確か、バンクロフト傘下で化粧品を扱っている商人で、その次男に当たるのがパークスだ。将来はバンクロフト傘下で働くことが決まっているって、以前、アリシアから聞いたこともある。
「あなたはすぐ、サボるんだもの」
「進級できればいいだろ?」
「もう! 真面目にやればもっと出来るはずよ」
「買い被りすぎだと思うよ」
少し憂鬱そうな視線を向けてくるパークスに同情しながら、私は空いているソファーに腰を下ろした。
「夏休みも、しっかりと復習するわよ」
「たまには勉強抜きで呼ばれたいもんだよ。そう思うだろ、ミシェル?」
「あはは……まぁ、私も机に向かうのは苦手かな」
「もう、ミシェルまで! パークスを甘やかさないで。本当はやれば出来るんだから」
お茶の用意をしながら、アリシアは実に楽しそうに笑っている。それに対してパークスはため息をつきながらも、渋々、分かってるよと呟きながら教本を捲った。
アリシアとパークスって、いつも喧嘩腰なんだよね。だけど仲が悪い訳じゃない。
文句を言いながらも、パークスが逃げることはないし、憎からず想い合っているってような気がする。一緒にいるのが当たり前のようにも見えるし、ちょっと羨ましくも思える。
二人を見て、無意識に私は笑顔にはなっていたようで、目があったバークスが居心地悪そうに視線をそらした。少し頬も赤くて、照れてるようにも見える。
「おい、笑うなよ」
「ごめんね。でも、ううん、なんでもない」
「笑われたくなかったら、しっかり学びなさい」
並べたティーカップにお茶を注ぐアリシアは、とても生き生きとしている。その顔を見ていたら、もしかして自分がお邪魔虫なんじゃないかなって気になってきた。
目の前に置かれたティーカップから、ミントと柑橘の香りをまとった紅茶が、甘い湯気を燻らせる。
私の向かいに座ったアリシアは、ところでと尋ねてきた。
「色々と聞かせてもらえるかしら?」
「……キースのことなら、私、何も答えられないよ」
「あら、どうして?」
「前も言ったけど、私とキースは冒険の仲間。それ以下でも以上でもないし……」
そこまで言い、少しだけ寂しさが込み上げる。
そうよ。私はキースのことを知らない。彼がどこで生まれたのかすら聞いたことがない。知ってるのは家族がいないことと、私の倍は生きているハーフエルフってことくらいだ。
カップの中へと視線をそらし、その優しい香りを胸に吸い込む。
どうしてこんなに寂しいのか。今まで一度だって、キースの素性なんて気にもしなかったのに。今は、気になって仕方ない。
私が一番知りたいのよ、て声に出して言いたいくらいだ。
カップに口をつけた時だった。
「ねぇ、クインシー家って特別なの?」
突然の質問に、ドキリとした。
皆と同じようにキースのことを聞かれると思っていた。だけど、まさかそこをピンポイントで聞いてくるなんて。
私が硬直したのを見て、アリシアは小さくため息をつく。
「何か、訳ありみたいね。あなたとネヴィンがクインシーって家名に随分反応してたから、気になったのよ」
「それは……」
「私、バンクロフトの後継ぎとして、それなりに各国の諸侯のことも学んできたわ。でも、クインシーという家名は記憶にないの。勿論、うちの顧客名簿にも載っていなかった」
「ごめん、アリシア……私も、何も分からないの。聞き間違いだったかもしれないし」
「そんなことはないでしょう。私、聴覚には自信があるわ」
ソーサーにカップを戻したアリシアは、譲らないと言うように私をじっと見てくる。
困って視線を逸らすと、勘違いしないでと彼女は言った。
「あなたを困らせたいわけじゃないの。その逆よ。何か悩んでいるのなら相談に乗りたい。それだけのことよ」
「……アリシア」
真摯な眼差しにどう答えるべきなのか。
本音を言えば、舞踏会の夜から感じている胸の内のしこりが何なのか知りたかった。だけど、何をどう相談したらいいのかが、そもそも分からなかった。
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